第零話 会合
「王手。」
「ぬわぁぁぁったァァァ!!!!!?????
ちょっ、ちょっ、ちょっと待って!!
やり直し、やり直し!」
「んなの、なしに決まってんだろ!
決まりは決まりだ。
これで通算5618億9234万2387戦、5327億3024万28引き分け、145億8105万1179敗、145億8105万1180勝で、俺の勝ち越しだな。」
「いやいやいやいや、ちゃんと昔の対戦も数に入れたか?
そしたらワシの方がまだ2000勝くらいストックがあるはずじゃ!!」
「お前、ほっんとに負けず嫌いだな……。
というか、あれは、お前がイカサマしてたんだから、ノーカンに決まってるだろ!」
「なんじゃと!?なら、どっちが上か今教えてやろうか!?」
「あぁ!上等だ、その髭も髪も、全部引っこ抜いて、セーター作ってやるよ!」
晴れた日曜日の4時の刻を過ぎた頃、ひとつのボロアパートに、白髪に白のウール布を身にまとった白づくしの大柄ジジイと、角の生えた黒ずくめの口なし・つり目の得体の知れぬ者の日常が鳴り響く。
だが、2人の叫び声だけで飛び上がった将棋の駒を見て、途端に2人から冷や汗が吹き出す。
バレる前にと自然に2人は駒を拾い始めていた。
世の中には、神や悪魔も恐れる物があるらしい。
「それにしても、ほんとに楽になったよなぁ、人間たちが信仰しなくなってからよ。」
散らかった将棋の駒を集めながら、嬉しそうに敵対者は語る。表情は目しか分かんないが、嬉しそうであることは確かである。
「全くその通りじゃのお…。
人間は、何かと自分達の力では説明できないものを、全部、わしらに押し付けてくるもんじゃからなぁ……。
確かに、この世のあらゆる事象には、ワシらが関係しているが、あくまでも、『関係している』だけであって、生贄出されたからどうのとか、そういう問題じゃないってことに気づくのが、あまりにも長かったのぉ。」
鼻くそを飛ばしながら、最高神はちびちびと駒を投げ入れる。
「それどころか、俺たち悪魔とあんたら神とで大戦争起こすとか言われちゃって。
ほんと、たまんないって話よ。」
「まぁ暇だしって、悪ノリしたわしらも悪いんじゃがな……。それでも、何十世紀も引きずることないよなぁ…。」
そういい、片付け終わった2人は、休憩という名の過去の自慢話に盛り上がる。
そんな1人は、全知全能の神『ゼウス』。
そんなもう1人は、世界を滅ぼす大悪魔『サタン』。
神話では、到底、相容れぬはずの2人はどういう訳か、今にも崩壊しそうなボロアパートの一室で、日課の『人間の玩具』で競い合っていた。
「あーそういや、ヴァルちゃんはまだ帰ってこんのか?」
外に出てから2時間、未だに住人の一人は帰って来てなかった。
「お前のセクハラに耐えかねて出ていったんじゃね?」
「なんじゃと!?いつワシがあの子にセクシャァルハラァスメントなんてした!」
「いつもだろ。おしり触ったり、胸なんかしょっちゅうじゃねえか…。」
悪魔でさえ呆れさせるセクハラ魔のゼウスの前科は、数え切れないものである。未だに裁判沙汰になってないのが不思議な程だ。
「あれはスキンシップじゃ!」
「スキンシップの度を越してるんだよ!
全知全能というか毎日煩悩と言った方が、似合ってるんじゃねえか?」
「うるへー!そんな下手くそな韻、踏むんじゃないよォ!
それに、アイツは、そんなことで出ていくような、かよわい子じゃないだろ…。」
「まぁそれは同意する。アイツに何度殺されかけたことやら…。」
彼らが語るのは、戦乙女天使『ヴァルキリー』。
天の使いでありながら、その身は戦士達と共に、在りし者。
だが、人が戦士でなくなった今、彼女は振るう剣を鞘に収め、代わりに主婦の戦場、スーパー『ラスキャール』の午後の大特価セールで、その力を存分に奮っていた。
「ジャガイモが1個78円!?嘘でしょッ!?
卵は1パック120円!?あっ、あと2個しかない!」
一家のお母さんの帰りを待つ、全知全能の神と破滅の大悪魔は、洗濯物を入れる役を決めるための勝負をしていた。
「こっちぃだぁッ‼!
ゼウスが力任せに引っ張ったカードに描かれた役は道化師だった。
相手が失意の中、サタンは残った一枚を引っこ抜く。
「エース2枚で俺の勝ちだな。はい、お前、洗濯物を入れろ〜。」
不服そうな顔で全知全能の神がベランダに出ると、サタンは喉を潤すため冷蔵庫へと向かった。すると玄関から、かすかに音が聞こえてきた。
何かと玄関を開けると人らしき姿はなかった。首を傾げながら、ドアを閉じると下の方に開いたまま小包が。
新しいゲーム機かと思ったが、まだ入荷は先だし、ピンポン音すらなってない。そもそも、蓋が空いたまんまって。
そんなことを考えていると箱が勝手に動き始めた。
その頃、全知全能の神は洗濯物を入れ終え、自身は寝転がり、神通力で洗濯物を畳むという全国のお母さん方が羨ましがる技を披露していると、玄関から聞こえてくる異音に、心臓が口から飛び出す。
「うっせぇぞッ!驚きで心臓飛び出たわ!!……!!?」
ゼウスは心臓をしまい直すと、サタンがワナワナと小さいダンボール箱を両手に唖然とした表情で、こちらを見つめていた。
懇親のギャグをスルーされた気分は最悪であったが、気を取り直し、あほ面のサタンに声をかける。
「おーい、どうしたー?猫か?ペットは禁止だかんな。」
「おい…。これ…見てくれ…。」
やれやれとゼウスは重い腰を上げて、サタンのもつ箱を覗く。
理解が追いついた瞬間、本日2回目の叫び声がボロアパートを震わせた。
時刻は5時過ぎ、ようやく空も赤くなりかけた頃、この家の住人の一人ヴァルキリーが帰ってきた。
「ただいま帰りました、ゼウス様、サタン様。
いやぁ、やはりセールとは戦場ですね。お2人にも同行をお願いするべきでした。」
ヴァルキリーは目の前に広がる光景に目を疑った。幾万年生きてきたが、この光景は見た事なかった。
あの大悪魔と最高神の2人が、正座でリビングの机に置いたダンボールを神妙とやつれた感じが入り交じった顔つきで見つめているのだ。普段はおちゃらけてて、遊びばっかのあのバカ二人がだ。
虎と獅子が、猫の逆立ちを頑張れって応援してるようなもんである。
宇宙創世から現在まで有り得ない光景だった。
「なっ何してんです…?」
ヴァルキリーの問いに、2人はなんと言ったらいいか分からない顔でこちらを向くと、口をパクパクさせた。どうやら、この2人ですら、どうしたらいいのか、分からなくなっているようだった。
使えない2人に呆れたヴァルキリーは、大量のビニール袋を置き、原因の元であろうダンボールを覗きこむ。
そこにはなんと、赤子が新聞紙に包まれて、眠っていた。
ヴァルキリーは口をパクパクと2人に話しかけたが、2人もパクパクと返すだけだった。
3人が、どうにかして整理した頭でようやく出た言葉は、たった一つ。
「なぁァんじゃこりゃァァァァァァッ!!!!」
《続く》
はじめまして、メタリカザリガミと申します。
あの赤いのとは、関係ないです。烏賊とか虫では釣られません。
完全オリジナルは初めてで、完成させたものも零。の言わば小説家の風上どころか風下にいる奴ですが、読んでくれたら幸いです。