972:アジ・ダハーカ-8
「これは……」
逆鱗を撃ち抜かれたことによってHPが0となり、『路通しの薪』の効果による再生が始まる。
それに合わせるように視界が塗り替わる。
そこはシャボン玉の内側のような虹色の世界だが、少しずつ黒が入り込んできている。
ここは……たぶん、私の精神世界だ。
「……」
うん、相手の正体は何となくだが分かる。
この攻撃の撃ち手はアジ・ダハーカの奥深くに居た。
そこで、これまでの戦闘に関与することなく、じっと潜み続けていた。
そして、このタイミングでの私のアバターを乗っ取る事を目的としたような攻撃。
十中八九アジ・ダハーカの設計者だろう。
うん、設計者はアジ・ダハーカ起動前に搭乗者たちに恐れられて殺されていたようだが、考えてみればアジ・ダハーカほどの化け物を作り上げた人物であるならば、自分が殺されるような事態に対する保険の一つや二つぐらいは用意しておいてもおかしくはない。
そう、自分の魂と精神のコピーをアジ・ダハーカの奥深くに隠しておき、万が一の時にはアジ・ダハーカを捨てて、アジ・ダハーカを破壊できるほどの何かに意識を移す、それぐらいの策は講じておいても、おかしくはなかったのだ。
「なんにせよ反撃をしないといけないわね」
では考察はこれぐらいまでにしておくとしよう。
アバターを無抵抗に渡すなどあり得ないし、精神だけの状態で何処まで出来るかは分からないが、私の精神に侵入してきた敵に対する反撃をしなければいけない。
「ん?」
そうして私が身構えた時だった。
現在の精神世界において、私の領域を示すのは虹色の世界で、相手の領域を示すのが黒である。
その黒だが、一割ほど進んだところで進行が止まってしまっていた。
「んんん?」
その黒がなんだか震えているように思える。
震えて、止まって、また震えて……少しずつ縮んでいっている?
「えーと?」
私はその光景に首を傾げつつも、黒に近づいていく。
どういう風に対処するにせよ、距離を詰めるのは必要な事だと判断したからだ。
だから近づいたのだが……。
「これはどういうことなのかしら?」
近づけば近づくほどに黒が縮んでいく。
縮んでいって、私の親指の先程の球体になってしまう。
その球体の状態で何度も震え、微妙に黒以外の色が混ざり始め……粉々に砕け散ってしまった。
感覚的には、何の問題も後腐れもなく、全てが無事に解決したと言う結果に、辿り着いたと言うのが分かる。
のだが……過程がまるで分からない。
私はただ近づいただけなのだけど……うーん?
「アンノウン!」
「たるうぃ!」
「あ、戻った」
そうして首を傾げていると、私の意識が通常空間に戻ってくる。
こちらでの時間経過は……1秒にも満たないようだ。
で、アジ・ダハーカは相変わらず暴れていて、聖女ハルワは私の事を心配そうに見つめ、ザリチュは私と聖女ハルワをちょうど抱えたところ、と。
「くっ、即死攻撃とは厄介ね。あんなものが何度も……」
「あ、もう大本は潰れたみたいだから大丈夫よ。なんで潰れたかはよく分からないけど」
「は?」
「ん? 何があったんでチュ?」
私は再び飛行開始。
聖女ハルワと共に反撃を行いつつ、アジ・ダハーカの攻撃を回避していく。
うーん、心なしかアジ・ダハーカの攻撃が先程よりも激しくと言うか、考えなしになっているような気がする。
しかし、話す余裕が無いわけでもない。
なので私は先程の精神世界であった出来事について話をする。
「「……」」
その結果、聖女ハルワもザリチュも何とも言えない表情をする。
それから一度アジ・ダハーカの方を向き、心の底から何かを哀れむような視線を向ける。
で、私の方を向き直して、能面のような表情で『何を言っているんだコイツは』と言う感じの視線を向けてくる。
「情状酌量の余地なんてない敵のはずなのに、憐れみを覚えずにいられないのは何故かしらね」
「一発逆転の妙手、と言うつもりだったんでチュかねぇ。現実には即死トラップと言う言葉も生ぬるい何かが待ち受けていたわけでチュが」
「何故かしら、キャラロスト攻撃の直撃から奇跡の生還を果たしたのに、仲間からの視線が理解に苦しむものになっているんだけど……」
まあ、二人の言いたいことは分かる。
つまり、私の精神に相手が接触してしまったので、それを切っ掛けとして何かが起こり、消滅する事になったと言う話なのだろう。
たぶん。
「「「ーーー!!」」」
「と、アジ・ダハーカの方を無視し続けているわけにもいかないわね」
「そうね。既に三つ首の竜ですらなくなっているけれど、脅威度と言う点ではそう変わらないと思うわ」
「まだまだ時間はかかりそうでチュよねぇ」
と、ここでアジ・ダハーカの方から、複数本の氷柱の奔流や浄化属性の球体が飛んできたので、私はそれを全力で回避していく。
そしてアジ・ダハーカの全身なのだが、設計者が居なくなった影響が地味にあったのか、首の数は十数本に増え、胴体は完全な球体となり、何十本もの何かを求めるような手が伸ばされると言う、渇猿の竜呪の壺部分のような姿になりつつある。
で、増えた首や手足はそれぞれが思い思いに攻撃を仕掛けており、一つ一つの攻撃の威力は下がり、攻撃同士の密度も落ちているが、予測は非常にしづらくなっている。
「ま、地道に攻めていけばいいわ。etoditna『界毒の邪眼・3』」
まあ、予測が出来ないなら、瞬時の判断で反射的に動くだけの事である。
私はそんなことを考えつつ、頭の一つが放った電撃を回避しつつ、反撃の『界毒の邪眼・3』を撃ち込んだ。
設計者、異形度的には1しかないのですよ。
はい、ここでタルの異形度と、装備についている低異形度に対する好感度の補正を思い出してみましょう。
07/08誤字訂正




