966:アジ・ダハーカ-2
「遠いでチュねぇ……あ、ザリチュは行くでチュよ」
「ええ、分かったわ」
音速と同じかそれ以上の速さで飛んで行く『竜息の呪い』で数秒か。
この空間の特殊性を考えても、やはり数キロメートルは離れている認識でいいらしい。
そして、化身ゴーレムがアジ・ダハーカに向かって少し回り込むような軌道で飛んで行くが、相手に切りかかれる位置に着くまでは暫くかかりそうだった。
で、アジ・ダハーカも、ルナアポの一本程度では、多少深くトゲが刺さった程度でしかないのか、直ぐには動き出さないようだ。
「……。そこまで新しい情報は特にないわね」
この間に私はルナアポを介して得たアジ・ダハーカの情報を解析。
何かしらの目新しい情報は無いかと思ったが、手に入った情報としては、アジダハーカの表皮は感染系の呪術の類が一気に広がらないように、区画分けがかなり厳重にされている事ぐらいだろうか。
やはり長期戦になりそうだ。
「敵だ! 敵だ! 敵だ! 我らが大願を阻まんとする敵が現れたぞ!!」
「殺せ! 殺せ! 殺せ! 我らの敵は世界の敵であり、命脈を確実に断って殺すのだ!!」
「喰らえ! 喰らえ! 喰らえ! 敵を討ち殺し喰らう事を以って救済とするのだ!!」
「動き出したわね」
アジ・ダハーカが動き出す。
空間を掘る事を止めて、三つの頭をこちらに向ける。
四肢は虚空を掴んで体を固定し、背中のコードは薄くだが光を帯び始める。
そして三つの頭の口を開き、そこから白く輝く純粋なエネルギーの奔流をこちらに向かって放つ。
「とは言え、この距離でこんな攻撃をされても……」
エネルギーの奔流は直撃すればただでは済まない威力を持っているだろう。
また、範囲も直径数十メートルの光が迫ってくるようなもので、私がこれまで戦ってきた相手の攻撃と比べても広めではある。
が、少なくとも数キロメートルは離れた場所からの攻撃。
私が居る場所へ到達するには数秒は必要であるため、私は単純な移動のみでアジ・ダハーカの口から放たれたエネルギーの奔流を避ける。
「「「撃て! 撃て! 撃て! 我らの敵を討ち果たすのだ!! そのための蓄えは十分にしてきている!!」」」
「む……流石にそう甘くは無いわね」
『チュオオオオォォォッ!? だ、弾幕でチュうぅ!?』
しかし、私に攻撃が当たらない事はアジ・ダハーカも予想済みであったらしい。
アジ・ダハーカの表面から夥しい数の何かが……黒くて小さい礫のようなものが飛んできている。
当然のように音に匹敵する速さで。
当たるを幸いに狙いを敢えて付けず。
まるで弾の壁を生み出すようにだ。
「ザリチュなら対応できるでしょ。『熱波の呪い』」
『確かに対応は出来るでチュけども!?』
正しく弾幕であるそれは逆鱗に当たらなければ十数発撃ち込まれても特に問題はないだろう。
しかし、だからと言って無抵抗に撃たれたいものでもない。
なので前線で飛び回り、剣を振るい、盾を構えて、礫を凌いでいる化身ゴーレムには悪いが、私は角度を付けた『熱波の呪い』の壁で以って礫を受け流していく。
「etoditna『界毒の邪眼・3』」
そして、受け流しつつ邪眼術の準備を進め、発動。
私の13の瞳から深緑色の光が放たれると、アジ・ダハーカの頭の一つ、その更に一部分だけを包み込むように深緑色の球体が発生する。
「毒だ! 毒だ! 毒だ! 毒による攻撃を受けた!!」
「呪詛だ! 呪詛だ! 呪詛だ! 呪われし力による許されざる攻撃が行われた!!」
「撃滅せよ! 撃滅せよ! 撃滅せよ! 呪われた力を振るう事は許されない!!」
「ん? 耐性無し?」
与えた毒のスタック値は2,700。
距離が距離なので、使っている呪法の数は少なかったことを考えると、ほぼ素通しと言っていい数字だ。
しかも、毒の急速回復は行われていない。
この分なら、毒(2,700)はそのまま素通しで入り続ける事になりそうだ。
「「「死を! 死を! 死を! 呪いを操る犯罪者に死を!!」」」
「んー……」
だが、表皮が細かく分けられているように、内部も細かく分けられているらしい。
毒が入っているのは、『界毒の邪眼・3』の領域が発生した箇所だけで、他の場所には毒は及んでいない。
こうなると……アジ・ダハーカの耐久は攻撃を受けたブロックを犠牲にする事で、攻撃を受けていないブロックを助けると言う物だろうか?
と、そんなことを思っていたら、本当に攻撃を受けていたブロックが切り離され、そのまま風化、消滅してしまった。
そして、欠けたブロックを補うように、残されたブロックから新しいブロックが生成されていく。
「まあ、暫くは牽制を重ねて……」
さて、今ので相手のHPは削れているのか、それともHPごと再生されたのか、この場では『鑑定のルーペ』が使えないので、ルナアポをもう少し深く突き刺して情報を得ないと、それすらも分からない。
だから私は次の牽制と調査のための一手を打とうとし……。
「燃えろ! 燃えろ! 燃えろ! 魂の一欠けらも残さず燃え尽きてしまえ!」
「凍れ! 凍れ! 凍れ! 輪廻転生すらも許されずに閉ざされてしまえ!」
「穿て! 穿て! 穿て! 全ての路を穿たれて気を逸してしまうがいい!」
「げ……」
その一手を打つ暇もなく全力での飛行を開始した。
アジ・ダハーカの三つの頭からは、それぞれ炎、氷、雷の奔流が私に向かって、弧を描くように放たれていた。




