96:スモークホール-3
「では、探索と行きましょうか」
『チュー』
水曜日、瓦礫から適当なサイズの金属製容器を作ったので、『藁と豆が燻ぶる穴』の本格探索開始である。
そう考えて私がセーフティーエリアを出たところ、ちょうど外から人が入ってきたところだった。
「ん? お前さんはタルか」
「あら、スクナじゃない」
『ヤベーのが来たでチュ』
その人は四本腕に二つの顔を持った男性、先日のイベントの準決勝で戦った相手でもあるスクナだった。
槍は背中に挿し、左右の手で一本ずつ剣を握っている。
他に人影は無いので、一人だけのようだ。
「このダンジョンの攻略かしら?」
「その通りだ。掲示板で攻略を投げたプレイヤーが居ると聞いたから、どんな相手が居るのかと思って来たのだ。そう言うタルはどうなのだ?」
「私は偶々ね。ちょっと回収したい物が出来たから、それを狙うけど」
「なるほどな」
お互いに交戦の意志はない。
此処で戦う意味はないからだ。
「譲るか?」
「必要ないでしょ。ダンジョンの攻略なんて早い者勝ちで十分よ」
「違いない。まあ、獲物については多少考えた方が良さそうだが」
「一緒に行動するなら交互でしょうけど……一緒に動くの? 私は狩り方の都合もあって、時間がかかる場合もあるわよ」
譲り合いの気持ちは多少ある。
私とスクナなら交戦距離の被りは気にしなくていいし、複数の相手と戦う時を考えたら、こちらも複数で居る方が楽なのも確か。
だが、合わない相手と合わせる必要が無いのも、また確かである。
「そうだな……多少時間はかかっても、一緒に動いた方が良さそうだ。あのネバネバは近接との相性が悪そうだ」
私の隣にまで来て、ダンジョンの中を覗いたスクナは私と一緒に行動する事を望んだ。
まあ、相手の方が合わせるのなら、とやかく言う必要は無いか。
「じゃ、私はアレを毒殺しているから、先にセーフティーエリアの登録と準備をどうぞ」
「そうさせてもらおう」
スクナがセーフティーエリアの中に入っていく。
私は燻ぶるネバネバに『毒の邪眼・1』を叩き込むと、下に降りて、暴れ回る燻ぶるネバネバの近くで暫く待つ。
「ジュウ……」
「よっと」
そして、燻ぶるネバネバのHPが尽きて、体が崩れ落ちるのに合わせてネバネバを回収。
鑑定を行う。
△△△△△
燻ぶるネバネバの体液
レベル:1
耐久度:100/100
干渉力:100
浸食率:100/100
異形度:5
燻ぶるネバネバの体である粘液。
高熱になるほど粘性が増していく特性を有している。
▽▽▽▽▽
「ふうん……」
残念ながら呪詛生成物ではないようだ。
私の邪眼術はこれまで呪詛生成物へ更に呪いをかけ、変質させることで、体内に取り込んだ際に呪術を習得できる物質にし、それを飲むことによって習得してきた。
仮にこのネバネバが呪詛生成物であるなら、同じ手法でもって習得が出来たのだろうが……。
そうはいかないようだ。
とりあえず専用の容器には収められたし、どう変質させれば、新たな邪眼術を習得できるかは後で考えるとしよう。
なお、回収ついでに少し口にしてみたが、口の中を火傷したものの、割と美味しかった。
「なるほど。今のが呪術とやらか。マトモに喰らうと、ああなる訳か」
「ええそうよ。で、そっちは準備完了のようね」
「その通りだ。熱せられた藁の上での戦いとは中々に経験しがたいものになりそうだ」
さて、私が回収と鑑定をしている間に、スクナも入口からこちらへと降りてきている。
そして、私の回収作業を興味深そうに眺めた後、ダンジョンの奥に向けて移動を開始する。
「ジュル……ア?」
「ふむ、核を貫けば問題なさそうだ」
で、機材の陰から燻ぶるネバネバがスクナに向けて飛び掛かろうとしたのだが、スクナが無造作と言ってもいい動きで右手の剣を突き出して少しだけ動かすと、燻ぶるネバネバは核を貫かれてしまったらしく、絶命した。
流石と言うかなんと言うか……別格である。
「って、なんで核を放置していくのよ」
「ん? 回収する必要があるのか?」
「あるのかって……回収しないの?」
と、感心していたら、何故かスクナはそのまま奥へと進もうとしてしまっていた。
なので私は慌てて、綺麗に真っ二つになっている燻ぶるネバネバの核を拾い上げると、スクナに渡そうとする。
だがスクナは私の行動に何故か首を傾げている。
「流石にボスの素材ならば、私でも希少性が分かるから回収はするが、このような雑魚の素材を回収してどうするのだ? 何にも使えないだろう」
まあ、確かにスクナの装備品は現時点での最高品質の物だろうし、燻ぶるネバネバの核はスクナが使う装備品のアップデートには使えないだろう。
だがしかしだ。
「これ食えるんだけど?」
「そうなのか?」
「鑑定してみれば分かるわよ」
「ああなるほど。確かに」
流石に満腹度が回復できるアイテムについては話が別だろうし、鑑定すらしないのはどうかと思う。
と言う訳で、とりあえず二つに割れた核の片割れを渡して、スクナに一口食べてもらおう。
で、スクナが多少微妙そうな顔をしつつも咀嚼したところで、残り半分を渡す。
「まあ、ダンジョン内で飯に困らないのは良い事か」
「そうね。でも、鑑定くらいしなさいよ。貴方ほどなら、情報だって戦術上、重要なのは分かっているでしょ」
「それはそうだが、その辺りはずっと相方に任せていたからな……。そうか、一人だと、そこは自分でやらないといけないのか」
「相方?」
私とスクナは会話をしつつ奥へと進んでいく。
敵が出れば交互に撃退するのだが、スクナの戦闘は一瞬で終わるのに対して、私の戦闘は『毒の邪眼・1』を撃ち込んでから暫く待つ必要があるので、距離がある内に始めておくぐらいの調整はしている。
「『CNP』と言うゲームを勧めてくれたリアルの友人だ。イベント前までは一緒にやっていたんだが、今は訳あって離れている」
「ふうん」
「訳は聞かないのだな」
「リアル事情にも関わるだろうし、この手の詮索はしない方が得策よ」
マップについては、今のところはほぼ変化なし。
ただ、工場の壁際に地下に続いていそうな竪穴があるのは見え始めている。
恐らくだが、あそこから次の階層に移動できるのだろう。
「ただまあ、一つ言っておくなら、戦闘面で助けるだけが仲間じゃないと思うわ。『CNP』のようなVRゲームなら、それこそ荷物持ちだって仲間としては重要な役目。間違っても寄生ではないと思うわ」
「そうだな。私もそう思っているし、言いもしたんだが、こればかりは本人の心の問題。外野ではどうしようもない。まあ、昔からやる時はやる奴だったから、暫くしたら誰にも文句など言わせないようになっているだろう」
なお、スクナの事情については、以前掲示板でスクナの情報を調べた時にあっさり出てきた話で、スクナの実力を利用して寄生しているプレイヤーが居ると言うもの。
私にしてみれば、そのプレイヤーは寄生ではなくスクナが思う存分暴れられるようにサポートに徹していたようにしか見えなかった話だったのだが、そのプレイヤー自身がスクナに迷惑をかけないために修行に出たようだった。
ま、既視感溢れるようなよくある話で、本人たちの問題だ。
粘着は運営に処理してもらって、後は本人たちが適当にどうにかすれば済む話である。
「さて、第二階層と言うところかしらね」
「だろうな」
「じゃ、先に行ってみるわ」
「頼んだ」
そして、スクナのリアル事情なんかよりも、私にとっては『藁と豆が燻ぶる穴』の攻略の方が重要な話。
と言う訳で、私は竪穴に飛び込んでみた。
05/08文章改稿