937:アンエクスプロード・リージョン-1
「さて着いたわね」
『でチュねぇ』
『虹霓鏡宮の呪界』の奥地についた私は周囲を見渡す。
『虹霓鏡宮の呪界』の奥地の様子は、以前訪れた時とはだいぶ異なるものに変わっている。
と言うのもだ。
「改めて見ると、本当に広いわねぇ」
『正確な数字は分かっていないでチュが、歩いて横断するとなると、丸一日以上かかると推測されているみたいでチュねぇ』
13の眼宮が解放されたことで、『虹霓鏡宮の呪界』の奥地もまた完全な姿を現した。
その影響が出ているのだ。
では改めて正確に見ていこう。
『で、今更でチュが、たるうぃ一人で奥地の相手と戦えるんでチュか? 化身ゴーレムくらいは必要なんじゃないでチュか?』
まず、眼宮に繋がる道がある場所の周囲は、それぞれの眼宮によく似た、けれど他の竜呪たちも活動できるように調整された風景が広がっている。
この辺りならば魅了の眼宮なので、倒壊した家屋や建物が立ち並んでいる感じである。
「大丈夫よ。今回は試練の時と違って、戦う方法は考えなくてもいいから。それに一戦終えては安全圏まで帰ってもいいし」
それが奥地の中心に近づくにつれて、他の眼宮の地形が混ざり合っていき、中心部については第五回イベントで私が出現させた森によく似た地形になっている……らしい。
らしいと言うのは、真の中心部については侵入するのに何かしらの称号が必要であるらしく、未だに誰も踏み込めていないからだ。
もしかしたら、中心部の外縁は私が出現させた森に似ているかもだが、真の中心部は別の何かかもしれない。
『つまり、いざとなれば『竜活の呪い』でチュか』
「それもだけどルナアポもね。『呪憲・瘴熱満ちる宇宙』もあるし、なりふり構わずならどうとでも出来るわ」
奥地全体でみるならば……ドーム状の空間と言うべきだろうか。
空は天の川がかかっている夜空のように見えるが、検証班いわく、ある程度以上の高さにまで飛び上がると、地表から地下1メートルぐらいの地点に強制転移させられるらしい。
誤字ではない。
地中へと転移させられるらしい。
なので、普通のプレイヤーだと即死する。
どうやら空を飛んで楽に奥へとはいかせてくれないようだ。
「しかし、直進するだけでも大変な地形よねぇ……」
『だいたいたるうぃのせいだと思うでチュ』
「否定は出来ないわね」
さて、そうして様々な眼宮が入り混ざるのと、ドーム状の空間が合わさるとどうなるのだろうか?
しかも眼宮の中には淀縛の眼宮、虹石の眼宮のような閉鎖空間のものもあれば、暗闇の眼宮の谷のように物理的にどうなっているのか分からない場所もあるし、恒星の眼宮の宇宙空間のような何処までも広がっていそうな空間だってある。
本当にどうなるのだろうか?
その結果が目の前の光景……ドームの天井ラインまで伸びる穴あきオパールの壁であったり、その真横に底が見えないほどに深い谷が刻まれていたり、砂と木々が川のように流れる宇宙空間であったり、ドームの天井ラインまで伸びる樹木であったり、ビルあるいはコンクリの塊がそびえていたり……そしてそれらが混ざり合った空間で……まあ、控え目に言ってカオスである。
「うん、掲示板で称号が必要な壁まで辿り着いた誰かさんには素直に尊敬の念を向けたいわ」
『戦闘を避けつつ、これを潜りぬけたと言う事でチュからねぇ』
おまけにそんな空間を牛陽の竜呪を中心とした竜呪の集団が闊歩しているのだから、誠にカオスが極まっている。
「まあいいわ。手近な相手に挑んでみましょうか」
『でチュね』
それでは竜呪に挑んでみよう。
試練個体も眼宮個体も混ざっているのが奥地の竜呪だが、眼宮に近いほど眼宮個体が多い仕様にはなっている。
なので、まずはこの周辺で一戦やってみて、私の今の実力でも奥地で戦えることを確かめるのが、今後の為にもいいだろう。
と言う訳で、とりあえず手近な敵集団を探してみたが……。
「おっ、居たわね」
見つけた。
鼠毒5、牛陽1、虎絶1、兎黙2、蛇界0、恐羊2、渇猿1、暗梟1、妓狼1、恒葉星1の竜呪15体編成で、大きさからして鼠毒2は試練個体だ。
他が試練個体かは分からない。
近くに虹亥の姿はなし。
卵雲と淀馬は感知不可能なので数えない。
『奥地としては小規模……いや、最低レベルの群れでチュかね』
「そうね。最低レベルとしていいと思うわ」
いやぁ、これで最低レベルだと言うのだから、『虹霓鏡宮の呪界』の奥地と言う場所がどれだけ危険なのかがよく分かる。
あの集団だけでも、レベル40前後の一般プレイヤー30人ぐらいなら蹂躙できるのではないだろうか?
まあ、私はそんな相手にこれから一人で挑もうと……。
「ん?」
『チュア?』
私が獲物と見定め、動こうとした瞬間だった。
竜呪の集団が何かに勘づいたかのように、踵を返し、こちらから去っていく。
それも一目散だとか、何となくとかではなく、警戒しつつだ。
「私から見えない位置で待ち伏せしているプレイヤーでも居たのかしら?」
私は呪憲の応用で以って、相手集団の様子を窺ってみる。
「……」
そして目が合った。
牛陽の竜呪の背中に居た妓狼の竜呪と。
妓狼の竜呪の顔は明らかに緊張の色を浮かべている。
おまけに、その妓狼の竜呪の顔と服装には見覚えがあり、思い出してみれば、ムミネウシンムの件で利用した妓狼の竜呪だった。
『有能でチュねぇ』
「有能ね。まあ、ムミネウシンムの件で世話にもなった相手だし、手は出さないでおきましょうか」
『でチュねぇ』
うんまあ、そう言う事ならアレにはこちらからは手を出さず、他の群れを狙うとしよう。
だが此処からでは、その群れが見えない。
と言う訳で、私は適当に移動を始めた。
06/03誤字訂正