913:タルウィペトロ・3-3
「今回は少なめなのね」
「前回ので警戒されたようだ。折角だからと声はかけてやったのだがな」
闘技場は前回と違い、いつもの偽神呪たちしか見に来ていないらしく、ガラガラだった。
『悪創の偽神呪』はその集まりの悪さに笑みを浮かべているが……気にしないでおこう。
偽神呪しかいないのなら、いざという時にルナアポの射出も出来るし、悪い事ではない。
「ゲストは……」
「私だ。久しぶりだな、タル」
「スクナなのね。なら、安心して後衛に徹すれば良さそうね」
さて、今回のゲストはスクナであるらしい。
全身に竜呪の素材製であろう甲冑を身に着け、腰には濃密な呪いを纏った四本の刀を提げている。
こうしてちゃんと会うのは久しぶりだが、『虹霓鏡宮の呪界』攻略でちょくちょく姿を見ていて、実力を順当に上げているのも分かっている相手。
うん、これなら邪火太夫クラスでも来ない限りは、私は後衛に徹すればいいだろう。
「正直な話としてだ。まさか私が此処まで呼ばれないとは思わなかった。何処かで私がログアウト中に機会が来て、流されたかとも少し思っていたぐらいだ」
「あー、それは否定できないわね。今や懐かしの赤陣営のラストになったわけだし」
「その点については私から言う事は何もないな。こういうのは時の運だ。『虹霓境究の外天呪』タル、貴様が一度も呼ばれていないのと同じようにな」
「そう言えば、私も余所様に呼ばれた事は無いわねー……」
「そちらについては、そもそもこう言う呪術の習得方法自体が稀なせいだろう。私の知る限り、タル以外でこのような試練を受けている覚えは……数例しかない」
なお、スクナは私の称号には興味がないのか、完全にスルーしている。
それよりも早く戦いたくて仕方がないと言う雰囲気だ。
「では、今回の試練の相手を出すとしよう」
「分かったわ」
「分かった」
『悪創の偽神呪』が呪詛の霧を集めだす。
それを見て私は呪詛の塊を数個展開すると共に、ネツミテを錫杖形態に変えつつスクナの背後に移動。
スクナは四本の腕それぞれにカース化している気配のある刀を握り、何が出てきて、何をされてもいいように構えを取る。
「む?」
「んー?」
そうして呪詛の霧から今回の相手が出てきて……私たちは少しだけ拍子抜けした。
「ブルルルル……」
その姿は一言で表すならば、翼のないドラゴン……俗に地竜と呼ばれるものであり、他の竜呪たちと比較して、極々一般的と言ってもいい姿をしていた。
特徴らしい特徴と言えば……全身を覆う甲殻の色がライムグリーンと虹色が入り混じったものであること。
脚が六本脚である事。
首が短く、顎がしゃくれ気味で、イノシシの牙のように太い二本の牙が下の顎から天に向かって突き上がっている事。
サイズが高さ10メートル前後で、体長が20メートルは優にありそう。
これぐらいだろうか?
なんというか、此処に来て普通過ぎる姿で、逆に違和感を覚えるぐらいだ。
「敢えて普通の姿。そう思っておくとしよう」
「まあ、それが妥当よね」
「ブル? ブル」
うん、警戒はしておこう。
スクナがゲストに呼ばれているくらいであるし、この地竜が弱い事はないはずだ。
「では、試練開始だ」
『悪創の偽神呪』が試練開始を告げる。
「ブルアアアアァァァァッ!!」
地竜が動き出す。
六本の脚を動かし、口を大きく広げ、下あごで闘技場の地面を削りつつ、こちらに向かって真っすぐに突進してくる。
その速度は人が全力で走るのよりは明らかに速い。
「ただ、突進してくるだけか?」
「スクナ」
「分かっている。何が仕込まれているか分からないから、立ち回りは慎重に行かせてもらう」
が、それだけだ。
スクナは普通に横に跳んで回避。
私もスクナとは別方向に跳んで、難なく回避する。
そしてスクナは相手の能力が読めないと言う事で攻撃を控えたが、私の邪眼術ならば控える理由はない。
「etoditna『毒の邪眼・3』」
と言う訳で、私とスクナの間を通り過ぎ、後方へと向かっていった地竜に向けて呪詛の星を飛ばし、とりあえず『毒の邪眼・3』を撃ち込む。
「ブッモウ!」
「む……」
「あ、これ面倒くさい奴かも」
結果、『毒の邪眼・3』は地竜に対して発動した。
だが、地竜に毒の状態異常が入ることはなく、甲殻が深緑色に染まっただけ。
この間に地竜は六本の脚を器用に使う事で、ほぼ減速することなく方向転換を終えており、その顔は私の方に向いている。
「ブモオオオオオオォォォォ!!」
「っう!?」
私は反射的に地竜の身体を跳び越すように、大きく跳ねる。
直後、地竜の甲殻の間から深緑色の霧が大量に噴出。
その噴出の勢いを借りる事で、最初の突進よりもはるかに速く、地竜が突進。
私が居た場所を通り過ぎていきつつ、その軌道に深緑色の霧を残していく。
「スクナ!」
「心配しなくても、一通りの対策はしてきている!」
その霧に触れればどうなるか、私がその結果を想像する間にも、スクナは地竜に向かって駆けていく。
そして、霧に触れ、私の予想通りに毒の状態異常を受け、何かしらのアイテムによって即座にそれを治しつつ、さらに接近。
再び方向転換しようとしている地竜に肉薄する。
「ふんっ!」
「ブモウッ!?」
そうして四本の刀の内の一本を使い、地竜の虹色の甲殻を切り裂き……。
「ブモオオォォ!」
「ぐっ!?」
直後に傷口から噴出したライムグリーン色の霧によって吹き飛ばされた。