908:アフターウォー-1
「ふぅ、戻ってこれたわね」
『でチュねぇ』
白紙の空間から脱出した私たちは『理法揺凝の呪海』に移動した。
そして『理法揺凝の呪海』から『ダマーヴァンド』内のセーフティーエリアに直接移動して、ようやく一息つける状態になった。
いやー、『竜活の呪い』の効果時間中に帰ってこれて何よりである。
『で、大量発生させてしまったっぽいダンジョンについてはどうするんでチュか?』
「……。スルーで」
『良いんでチュか?』
「初心者から中級者くらいまでが何とかしてくれるはずよ。直感的なものだけど、レベル的には精々20がいい所でしょうし」
『でチュかぁ……』
なお、私が『理法揺凝の呪海』に移動した瞬間、『虹霓境究の外天呪』と言う異質な存在に影響されたのか、周囲の呪詛が急速に固まり始め、固まった呪詛はダンジョンとしてサクリベスの周囲の地表に出現してしまった。
私の影響を受けたダンジョンなので、通常のダンジョンより少々難易度が高かったり、変わった素材が出るかもしれないが、まあ何とかはなるだろう。
後で聖女ハルワには連絡しようとは思うが。
『後もう一つ聞くでチュ』
「何かしら?」
『『竜息の呪い』によるルナアポブレスをしたじゃないでチュか』
「したわね」
『あれ、ザリアたちを巻き込まなかったんでチュか?』
「……」
『……』
ザリチュの言葉に私は無言になる。
そしてルナアポを介して得たが、未だに私に取り込まれずに蠢き漂う情報をざっとにだが見てみる。
「たぶん……巻き込んでいないわ。角度とかはある程度考えていたし、それっぽい情報は見当たらないから」
『だといいんでチュがねぇ……』
まあたぶん大丈夫だろう。
プレイヤー由来っぽい情報はないし。
ただ、ムミネウシンムの情報は……恐ろしい量になっている。
結構な量を未知に還した筈なのだが、それでもなお多い。
これを消化しきるには、結構な時間が……。
「あ……」
『効果時間切れでチュねー』
と、ここで『竜活の呪い』が終了。
呪詛操作不可などのデメリットなどが付与される。
それと同時にルナアポを介して得た情報が一気に私へと流れ込み始める。
結果。
「おぶえっ……」
『大丈夫……ではないでチュね』
「あう……うごう……うぎぃ……頭が割れそう……」
私は大量の情報を一気に叩き込まれて、呻き声をあげる事になった。
あまりにも、あまりにも情報が多すぎる。
ムミネウシンムが歩んできた道筋、考えていた事、知識、感情、そしてムミネウシンムに負けたカース版のそれらが、断片的で繋がりを持たない形に、閃光のような形で流れ込んでくる。
私の意思の一切を無視して、強制的に閲覧させられるこれは、もはや拷問に近いと言っても過言ではないだろう。
『ログアウトするでチュか?』
「お断……りよ。此処で逃げるような不誠実な真似……出来るものですか。いえ、そもそも此処で逃げれば……私は私でなくなるわ……」
だが、強制的なものも含めて、ログアウトするわけにはいかない。
この情報は一度見逃せばもう二度と見れないものであるし、私と言う受け止める精神が居なくなった体にこれらの情報が流れ込んだ場合に何が起きるかを考えたら、怖ろしさしかない。
だから私はひたすらに耐え、読み取るべき情報は読み取っていく。
「ああなるほど。そういう事なのね……」
『たるうぃ?』
そうして情報を読み取っていった結果、私は理解する。
ムミネウシンムは私に負ける事も想定していた。
私に負けて、自分が食われるかもしれないとは思っていた。
だがそれでも私に対して戦争を挑んだのには理由もあった。
「まあそうね。今が最後の機会、そして敗れる相手を選ぶのであれば、と言う事ね」
ムミネウシンムは焦っていた。
私たち『交信の大呪』に与する呪人たちが力をつけ、自分より強くなる時期が何時か何処かで必ず来ると思っていた。
そしてゼンゼの遠距離呪術を受けた時点で、その時がもう遠くないと理解した。
なにせ、あの時点で、もうほぼ一方的に攻撃されるだけの環境が出来かけていた事になるのだから。
だからムミネウシンムは……私に挑んだ。
『交信の大呪』側のカースとしては最強である私に勝つ事が出来れば、私の持っていた力を利用する事で反撃も可能となるはず。
仮に負けたとしても、ゼンゼのような気に入らないものに自分の力が渡るのは阻止できる。
そういう思想だったようだ。
ルナアポの仕様上、細かいところまでは分からないが、概ねは合っているはずだ。
「それでも私が外天呪と言う異常な存在だったのは想定外だったようだけど」
『それはまあ……仕方がないんじゃないでチュか?』
なお、私が自分以上のカースであることは想定していたが、『虹霓境究の外天呪』であったことは想定外であり、その異常性から考えて、私に力を渡したらそれこそ世界が滅びかねないと思ったようだが。
うん、まあ、私だと条件が揃えば世界を滅ぼす方向に動いてもおかしくないと思うので、妥当な懸念だが。
それと、ムミネウシンムの根本は残念ながら読み取れなかった。
恐らくは保存や継承、研究、その辺だとは思うのだが……未知にしてしまったようだ。
『ん? メッセージでチュね』
「そうねー……噴水に変な石像がある? ああ言われてみれば……」
と、ここでザリアからメッセージが届く。
それを読むのに合わせて、これまで意識してなかったエヴィカ付きの眼球ゴーレムへと意識を向ける。
噴水の近くには、いつの間にか複数人の人間を粘土の様に混ぜ合わせた上で固めたような石像が立っていた。
どうやら何かがあったらしい。
私は『竜活の呪い』のデメリットが終わってから向かう事にした。