897:カースウォー-1
「いやぁ、出なかったわねぇ……」
「出なかったでチュねぇ……で、今日はどうするんでチュ? 諦めて『泡沫の大穴』に潜るでチュか?」
金曜日である。
そして私とザリチュの態度から分かるように、昨日は何の成果も得られなかった。
まあ、今の私に見合う素材を『泡沫の世界』から回収しろと言うのが無理のある話なのかもしれない。
しかも石化と言うレアな状態異常に関わる素材であったし。
「そっちはそっちでペナルティがかかりそうなのよねぇ」
「ムミネウシンムは待ちでチュしねぇ」
『泡沫の世界』での入手が上手くいかなかったとなると、次の候補はザリチュの言う通り『泡沫の大穴』が妥当だろう。
あそこの底、贋魔呪であれば、今の私にも見合う素材は手に入るだろう。
だが、『泡沫の大穴』で素材を入手して強化する行為はこれで二度目。
そうなると、何かしらのデメリットを伴いそうな予感がするし……何よりも私が楽しくない。
「んー、『出血の邪眼・2』を強化するための素材集めでも始めようかしら?」
「チュ? そっちの方の目途が立ったんでチュか?」
「立ったと言うか思いついたと言うか……まあ、多少足りない部分はあるけれど、時間がかかるから、始めてしまおうかな、と」
「なるほどでチュ」
まあ、それならばやれる事から片づけていこう。
と言う訳で、私はいつもの作業を終えたら、『出血の邪眼・2』を強化するために必要な素材を『虹霓鏡宮の呪界』で集めるべく動き出そうとした。
≪『ダマーヴァンド』へ外部から敵対的な接続が試みられています。対応を決定してください≫
「む」
「どうしたでチュ?」
と思っていたところに妙な通知が入った。
敵対的な接続? いったいどういう事で、誰が仕掛けたのだろうか?
「これはこれハ、大変なことになりましたネ。楼主様」
「はぁ。出番なのは理解しているけど、虚空から湧いて出てこないでくれるかしら? 邪火太夫」
「楼主様ー……妙な通知がー……ありましたけどー……うわー」
「一瞬かつニコニコ笑顔でチュねぇ」
「……」
なんにせよまずは対応を。
そう思っていたところに、私の背後から邪火太夫が現れ、首に手を回してくる。
噴水のある広場だったので、その姿はエヴィカやハオマだけでなく、他のプレイヤーたちも目撃している。
毎度のようにそっけない態度で終わらせてしまってもいいのだが……偽神呪である邪火太夫ならば、この通知の内容も、その後にするべき対応も理解している事だろう。
「では説明をさせていただきますネ」
「此処で説明して大丈夫なの?」
「問題ありませン。この場に居らっしゃる方々も無関係では済みませんのデ」
と言う訳で邪火太夫に説明をしてもらい、その説明をまとめるとだ。
まず、現在の状況だが、『ダマーヴァンド』の外から中へと侵入を試みているものが居る。
この侵入は私が許可していないために敵対的なものとして扱われている。
私が許可を出せば、『虹霓鏡宮の呪界』なども含め、『ダマーヴァンド』に連なる領域の何処かに侵入口が出現し、そこから侵入者が入ってくるそうだ。
つまり、現状では侵入者が本当に敵対者かは分からないようだ。
まあ、敵であろうとそうでなかろうと、相応の対応をするだけの話なのだが。
「今回の侵入者は自分の所有する呪限無ごと繋げる事を狙ってますネ。こうなると呪限無同士の戦争となりますのデ、中々に厄介なことになるかもしれませン。楼主様以外であれバ、ですガ」
自分の所有する呪限無ごと、か。
そうなると、相手は十中八九ムミネウシンムとみていいだろう。
では、説明の続き。
邪火太夫の話によればだ。
呪限無同士の戦争となれば、どちらかの呪限無が滅びるまで戦いは続く。
滅ぼす手段としては、一般的には呪限無の主を倒すか呪限無の核を潰すかのどちらかであり、『ダマーヴァンド』ならば私か噴水の中に隠している毒杯だ。
戦争中はお互いの呪限無には敵対している呪限無に属するものか、個別に許可したものしか入れず、無関係の第三者が侵入する事は出来ないとの事。
戦争の開始タイミングを設定する権利は、戦争を受ける側にあり、最大で一か月先まで開始は先延ばしに出来る。
戦争は最大でもリアル時間で一週間までしか行われず、それを過ぎても決着がつかなかった場合には戦争の参加者全員に制裁が来るとのこと。
「エヴィカ」
「分かってますよー……今の時点で進入許可を下ろしている方々はー……そのままにしますねー」
「ありがとう」
ただまあ、この戦争。
正直に言わせてもらえば、私が負ける可能性は皆無と断じてもいい。
と言うのも、ルナアポを使った『竜活の呪い』からの幾つかの手段、これらを合わせた時点で、偽神呪クラスでなければもはや対処不可能になるからだ。
最低でも大呪でなければ、どうしようもないだろう。
「さてどっちかしらねぇ……」
「そこはいずれじゃないんでチュか?」
「通じ合っていますネ。まあ、当然の事なので嫉妬なんてしませんガ」
「相棒っていいですよねー」
なのに仕掛けてきたとなれば……ザリチュの言う通り、いずれかだろう。
つまり、私の実力を知らないか、知ってもなお勝てると踏んだか。
後者だとするならば、驕りか、策を弄したか、戦争に勝つ事以外に目的があるのか、と言うところだろうか。
「まあいいわ。この戦争受けましょう。ただ、緒戦の舞台はこちらで選ばせてもらうけど」
「あ、もう嫌な予感しかしないでチュ」
「仕掛けた相手の自業自得なのでー……気にしない方針でー」
「ふふフ、特等席で楽しませていただきますネ」
そうして私は『虹霓鏡宮の呪界』の一つ、『魅了の眼宮』へと向かい、そこから奥地へと進んだ。