888:タルウィミーニ・3-3
「小さくするのに30秒はかかるわ」
「了解!」
「「ユルルルッ……」」
実のところ、虹蛇が巨大化したことについてはそこまで問題ではない。
『小人の邪眼・2』を強化するための試練であるのだし、小人の状態異常によって無理矢理小さくしてしまえばいい。
問題は先程のブラクロとの空中衝突だ。
「さて……何をされたのかしらね」
私は『座標維持』を持っているので、私自身に対する強制移動の類は無効化される。
これを無効化して私の位置を無理やり動かすとしたら、私の『座標維持』を上回る力で用いる事になるが……はっきり言おう、今の私はこの試練に似つかわしくないだけの力を有しており、そんな私を無理やり動かすような力が用いられたなら、どんなに気を抜いていても気づくし、気づかせない何かが別にあるなら私はもう死んでる。
つまり、虹蛇が何かをしたのは私自身ではなく、私の周囲に対してだ。
「おらぁ!」
私が距離を取る一方、ブラクロは接近して切り付ける。
「「ングル」」
「んなっ!?」
「む……」
が、ブラクロの剣が当たるよりも早く、虹蛇の姿が一瞬おかしくなり、元の姿に戻った時には完全にブラクロの剣の射程外に移動していた。
そう、本当におかしくなった。
まるで壁に描かれた絵のように虹蛇の身体から厚みが消えた。
そして、一瞬後には虹蛇の身体は元の厚みを取り戻していた。
「「ユングルウゥゥ!!」」
「っ!?」
虹蛇の反撃が来る。
またしても厚みがおかしくなっている。
薄く、薄く、真正面から見たら線としか認識できないであろう厚みになっている。
その状態のまま虹蛇はブラクロの剣に触れ……ブラクロの剣は一切の抵抗も許されないままに切断され、破壊された。
だが虹蛇の攻撃はそれで終わらず、剣の奥にあるブラクロの首に向かって一直線に迫っていく。
「んおおぉぉ!?」
「ブラクロでなければ死んでたわね……」
これをブラクロは全力で上体を逸らすことによって回避。
地面に完全に倒れるよりも一瞬早く地面を蹴る事で、虹蛇から距離を取る。
「「ユルルルルッ!」」
「うおおおおぉぉぉっい!?」
「ああなるほど」
と、ここで虹蛇が厚みを取り戻し、その場で回転。
すると距離を取ったはずのブラクロが虹蛇に引き寄せられる。
その姿を見て私は確信する。
「虹蛇は空間をかき乱して強制移動させ、空間を吸い込む事で引き寄せと巨大化。自分の空間を潰す事で厚みを消して回避、それに剣として攻撃に用いる事も出来る。と言うところかしらね」
虹蛇の能力が如何なるものかを。
「「ユグルルルッ! ユングルウゥ!!」」
「冷静に分析していないで、早く小人を撃って欲しいんですがぁ!?」
「いや、撃ってもいいんだけど……下手な小人化はたぶん、状況を悪化させるわよ。これ」
「へっ? それはどういう……」
虹蛇の厚みを持たない体になった事による、触れればどんな物でも切り裂かれてしまうであろう攻撃を、ブラクロは必死な形相で避け続けている。
伏せ、跳び、逸らし、屈み、何かしらの呪術を用いているのか、明らかに空中で跳んでもいる。
そんな中でブラクロが要求の声を上げるが……。
申し訳ない、その要求に迂闊に答えてしまうと、虹蛇の能力的にむしろ危険なのだ。
と言うのもだ。
「「ユングルウゥ!!」」
「その突進は止めろぉ!」
「っと、私の方にまで来たわね」
今、虹蛇は槍のようにこちらに向かって突進してきた。
その際、虹蛇の身体は十数倍に膨れ上がった体を、点のように見えるほどにすぼめていた。
それを私もブラクロも無事に避けたが、もしも虹蛇の体のサイズが小人によって縮んでたら?
点のような体すら見えないほどに小さくなってしまうかもしれない。
そのような小さな小さな点のような攻撃であっても、『遍在する内臓』を有する私はともかく、ブラクロは当たり所によっては即死するだろう。
つまり、迂闊に小人にしてしまうと、ほぼ視認不可能な上に防御も出来ない、即死威力を持つ攻撃が飛んできかねないのである。
「構わん! やれっ! 何とかするからな!」
「そう、分かったわ。では『小人の邪眼・2』」
「「ユグッ!?」」
まあ、ブラクロ本人が求めるならたぶん大丈夫だろう。
と言う訳で、相手の妨害も兼ねて伏呪付きの『小人の邪眼・2』を発動。
虹蛇に小人の状態異常を与える。
それによって虹蛇の身体は元のサイズにまで縮まり……合わせて線や点としてなら一応見えていた虹蛇の体の視認が一気に難しくなる。
「「ユングルウウゥ!!」」
「姿は見えなくても……臭いで位置は分かるんだよぉ!」
「おっ、おおっ、流石ブラクロ……」
虹蛇の身体が縮んで見えなくなり、その直後にブラクロが何かを察するように飛んで、恐らくは攻撃を回避。
直後に虹蛇の体のサイズが元に戻り、体を回転させて空間を弄りまわす。
このタイミングでブラクロが何かしらの投擲物による攻撃を試みるが、直ぐに虹蛇の体の厚みが変わって、避けられるか切られるかのどちらかで終わってしまう。
このやり取りをブラクロと虹蛇は10秒程度の間に数回繰り返しており、とてもではないが、私が手を出せるような状態ではない。
「とりあえずクールタイムが明けるまでは出来る範囲で支援するわ! 『熱波の呪い』」
「頼む!」
「「ユグルウゥ!!」」
さて、此処からどう攻めていくのが効率が良いだろうか?
私はそれを考えつつ、とりあえず呪詛の剣を虹蛇が居るであろう位置に飛ばし、呪詛の剣はブラクロと虹蛇のやり取りに巻き込まれてあっさりと切り裂かれ、霧散した。