887:タルウィミーニ・3-2
「着いたわね」
いつもの闘技場に着いた。
なお、強制移動に『座標維持』が効果を発揮していないが、これは姿揚げを食べた時点で強制移動を受け入れたと判断されているからだろう。
「そして今回は千客万来、と」
「ああそうだ。まあ、今の貴様の立場なら当然とも言えるがな」
『悪創の偽神呪』が姿を現す。
それと同時に観覧席に見かけた覚えのないものも含めて偽神呪が複数体、『七つの大呪』のアバターが七体、他にも十数体のカースと思しき人影が見える。
邪火太夫は当然のように居るし……はっきりと認識は出来ないが、もっと凄まじいものが隠れているようにも思える。
真の神でも来ているのだろうか?
「さて今回のゲストだが……」
「おっ、本当にタルだ」
「げえっ、ブラクロ!?」
そんなことを思っていたら、いつの間にかブラクロが現れていた。
今回のゲストであるらしい。
そして思わずうめき声のような声を上げてしまった。
「え、酷くね。協力者として来てるんだぞ。俺」
「普段が普段なのが悪い。そしてなお悪いのが……ブラクロがゲストとして呼ばれる相手とか、嫌な予感しかしないのよね……」
「そうか?」
「そうよ……」
我ながら失礼な態度をとっている自覚はあるが、ブラクロが相手なので許してほしい。
それよりも気にするべきが、このブラクロがどちらの実力を発揮する事を想定して呼ばれているかだ。
普段の抜けているというか、色々とやらかしている方のブラクロを想定しているのであるならば、最悪初手誤射をしてしまえば安心かつ安定して戦う事が出来るだろう。
問題は強敵が相手であるために研ぎ澄まされたブラクロの方を想定されている場合。
この場合だと一瞬気を抜く事も許容されないようなギリギリの戦いを要求される可能性があり、難易度が跳ね上がる事になる。
どちらの方がより拙いかを考えたら、残念ながら後者を前提として立ち回るしかないだろう。
「さて、そろそろいいか? 今回の試練の相手を出すとしよう」
「分かったわ」
「おう」
呪詛の霧が闘技場の中心に集まり始める。
それを見て私は距離を取りつつ邪眼術の準備を開始すると共に、ネツミテを構える。
対するブラクロは数歩前に出て、二本の剣を手にすると腰を落とし、何時でも動けるように構える。
「「……」」
呪詛の霧が収縮し、相手の姿が見えてくる。
まず見えたのは二つの頭。
額からは螺旋状の角が槍のように生えており、その瞳は白く輝いている。
ただ、二つの頭はそれぞれ赤と紫の鱗で覆われており、色が違う。
「ふうん……虹か」
「そうね。虹ね」
頭の次は手足のない胴が現れていく。
だが、鱗の色は少しずつ変わっていき、赤の頭の方は橙、黄色と続き、紫の方は青、水色と続いていく。
こうなれば、相手の姿はほぼ予想できた。
「アンフィスバエナって奴か? 虹色ってことは他のも混ざっているんだろうけど」
「そうねー」
私たちの予想通り、黄色と水色の次は緑色の鱗に覆われた体であり、一つの身体として繋がっていた。
そして、緑の鱗に覆われた体の部分からは、霧のように霞んでいる翼が四枚、スクリューのように生えている。
「ま、問題は何をしてくるかだけどね」
「まあ、それはそうかもな」
まとめるならば、虹色の体表を持った蛇の両端に頭があり、真ん中部分に四枚の翼が生えている、と言う事になるだろうか。
見た目だけで判断するならば、巻き付き、ブレス、突進辺りを仕掛けてきそうではある。
とりあえず虹蛇と呼んでおこう。
「では、試練開始だ」
『悪創の偽神呪』が試練の開始を告げる。
「「ユルルルルウウウゥゥゥ!!」」
先手を取ったのは虹蛇だった。
虹蛇は螺旋回転をしつつ、紫色の頭の方から素早く突っ込んでくる。
「おっ……とああっ!?」
「むっ……」
ブラクロはそれを極自然に横へ飛んで突進を回避しようとし……虹蛇の身体の翼のある部分がブラクロの横にまで来たところで、まるで渦潮か竜巻に巻き上げられたかのように宙に打ち上げられた。
「気流操作……ではないようね」
「「ングルウウッゥ!!」」
そうしてブラクロが打ち上げられている間に虹蛇は私の眼前にまでやってきていた。
だから私はブラクロと同じ様に、けれどブラクロとは逆の方向へと跳んだ。
直後、ブラクロが打ち上げられたのと同じようなタイミングで、けれどブラクロとは逆に地面の方に向けて、引きずり倒されるような力が生じる。
が、『座標維持』によって効果は無効化されたようだった。
どうやら強烈な風を発生させているのではなく、空間の方を捻じ曲げているらしい。
つまり、虹蛇は空間系の能力を有しているという事だ。
「と……ととっ、アオオオオォォォォン!!」
私がそんなことを考えている間にブラクロが着地し、遠吠えによるバフを私ごと自分にかける。
「etoditna『毒の邪眼・3』」
「「ユグウッ!?」」
私も『毒の邪眼・3』を発動。
虹蛇に5,000程度の毒を与える。
「「ユングルウゥゥ!!」」
「ん?」
「……」
直後、虹蛇は赤い方を頭とし、先程の前進の軌道をなぞるように、宙を駆け抜けていく。
すると先程とは逆方向に空間が動き、私は無効化したが、ブラクロは地面に叩きつけられる。
さて、これだけなら正直に言って期待外れもいい所なので、早々に始末して、試練を終えてしまおうと思うのだが……。
「「ルルルルルゥ!!」」
「「!?」」
やがて虹蛇が初期位置に戻った時だった。
そこで虹蛇が地面と垂直になり、その状態のまま横回転。
すると……。
「うごォ!?」
「くっ!?」
私もブラクロも虹蛇のすぐ近くにまで吸い寄せられ、空中衝突。
同時に目の前に十倍近い大きさになった虹蛇が姿を現した。
いや、虹蛇が大きくなったのではない。
『小人の邪眼・2』を強化するための試練なのだから、私たちが縮んだ可能性の方が高いはずだ。
私はそう思った。
「中々に理解しがたいわね……」
「いや、何をしてくるにしたって倒せばいいだけの話だろ」
だが、事実は違うようだった。
闘技場の観覧席までの距離は変わっていなかったからだ。
どうやら虹蛇は何かしらの条件を満たすことで、巨大化をする事が出来るようだった。




