880:ボーダー-1
「オ怨オ恨オォォォォォ!!」
「さあ、行くわよザリ……チュ」
『……』
虹霓竜憧の鏡怪呪が私の方へと全身の口を開き、無数の瞳を怪しく輝かせ、虹色の手で宙を掴みながらこちらへと迫ってくる。
対する私はザリチュの操る化身ゴーレムと協力して迎え撃とうとしたが……気づけば化身ゴーレムは力なく落下していく最中であり、ザリチュ本体は気絶しているようだった。
どうやら最初の咆哮だけでも、ザリチュには耐えられないようなものだったらしい。
「オオ怨ン!!」
「おっと」
私は伸ばされた虹霓竜憧の鏡怪呪の爪を回避する。
そして反撃としてとりあえず呪法を使っていない『毒の邪眼・3』を撃ち込む。
「ゾオ憎ゾオウゥ!」
「む……」
が、私と虹霓竜憧の鏡怪呪の中間点で毒液が弾け飛ぶようなエフェクトが生じるだけで、虹霓竜憧の鏡怪呪には攻撃が届いていないようだった。
続いて『灼熱の邪眼・3』や『暗闇の邪眼・3』も撃ち込んでいくが、こちらもまた私と虹霓竜憧の鏡怪呪の中間点でエフェクトが生じてしまい、虹霓竜憧の鏡怪呪には攻撃が届いていないようだった。
「ふうん……」
「オオオ怨オォォォォォ!!」
虹霓竜憧の鏡怪呪が接近して攻撃を仕掛けてくる。
その動きはとても素早く、しかも鋭角的な軌道変更を含み、とてもしつこい。
爪を避け、翼を避け、口を避け、尾を避け、こちらの方が小さい事を生かし、細かい機動で私は凌ぎ続けているが、少しずつ詰められている感触がある。
しかしこちらの邪眼術は、肉薄と言ってもいい距離になってもなお、私と虹霓竜憧の鏡怪呪の中間点で発動し、効果は生じなかった。
「なるほど。だいぶ理解してきたわ」
まあ、理解はしてきた。
やはり虹霓竜憧の鏡怪呪は私の写し身と言うべき存在なのだろう。
つまりだ。
「ク苦クツ辛ツラアアァァァオ怨オォォォ!!」
虹霓に輝く手は、手段を選ばずに如何なる手段を用いてでも、目的とするものを手に入れようとする意志の表れ。
淀みに満ちた目は、欲に溺れた上で、己が望むものは決して見逃さないと言う思想の表れ。
底なし穴の口は、得たものを逃さず飲み込んで、己のものとして取り込んで独占しようとする性根の表れ。
姿が龍を象っているのは……たぶん、私と言う存在、リアルの私かアバターの私かは分からないが、とにかく私と龍の縁が、姿に出てくるほど色濃いからなのだろう。
いずれにせよ、総評するならば、理性を失い、欲望のまま行動しているような私と言え、これが虹霓竜憧の鏡怪呪の名の通りに、鏡としての要素と言えるだろう。
だがそれだけではない。
「ルナアポ!」
「グギイ忌イィィィ!?」
私を正面から飲み込もうと、龍の身体の口を大きく開けた状態で虹霓竜憧の鏡怪呪が向かってくる。
対する私は錫杖形態のネツミテの先端にルナアポを生成。
虹霓竜憧の鏡怪呪の突撃を紙一重で避けた上で、ルナアポをその身に突き入れる。
すると邪眼術による攻撃と異なり、ルナアポは素直に虹霓竜憧の鏡怪呪の体に突き刺さり、虹霓竜憧の鏡怪呪は恐ろしく濃い呪いを纏った叫び声を上げる。
そう、虹霓竜憧の鏡怪呪の鏡の要素は、私と虹霓竜憧の鏡怪呪の中間点に存在する謎の境界、これもまたそうだ。
虹霓竜憧の鏡怪呪が私の鏡写しであるためか、その存在を維持するために私と虹霓竜憧の鏡怪呪の間には常に鏡があり、それが邪眼術を防いでいたのだ。
だが、その鏡は直接接触による攻撃は防がない。
だから、ルナアポによる攻撃は通用したのだ。
「オオ怨オオオォォォ汚ォォノオ膿ノノオォォォレレ霊レレ零レレレェェェェェェ」
「ま、そうよね。距離を取りたがるわよね」
虹霓竜憧の鏡怪呪が私から素早く距離を取るように動く。
それはまるで宙を転がっていくような姿であり、悍ましくもあるが、滑稽にも見える姿だった。
が、こちらからの攻撃手段がルナアポによる直接攻撃しかないとなると、距離を取られるので純粋に面倒な動きでもある。
と言うか先程から、頭がある方向とは違う方向へと、さも当然のように宙を這い回って……具体的には、頭をこちらに向けたままバックしたり、斜め前に動いたり、体全体を回しつつ横移動をしたりして、こちらを近づけないようにしている。
私も似たような動きは良くしているが、傍から見ていると、見た目も相まって虹霓竜憧の鏡怪呪の動きは大変気持ち悪い。
「理解は入ったけれど情報の奪取は無し。このまま動き回られていると距離を詰められない。相手に攻撃手段がなければ千日手になるわけだけれど……」
「シシ死シイイ嫌イィィィアア暗アァァァァァ!!」
「まあ、そんな事は無いわよね」
虹霓竜憧の鏡怪呪の全身の目から、淀みを圧縮したかのような液体がレーザーのように放たれる。
同時に口からは虹色の炎が雨のように放たれ、手からは濃密な呪詛が含まれた風が突風のように撃ち込まれる。
それはまるで嵐のような様相だった。
なるほど、熱と渇きに縁が深い私の鏡合わせとしては妥当だろう。
「でも、この程度ならまだまだ甘いわ」
とは言えこの程度ならばレーザーさえ避ければ、後は『熱波の呪い』によって攻撃能力を有した呪詛を振り回し、ある意味ではこちらも嵐のように見える力を振るう事で弾き飛ばす事が出来る。
そして、この攻撃を放つために虹霓竜憧の鏡怪呪は移動を止めていた。
だから私は接近し……
「さあ二撃目よ!」
「ガアア怨アァァァ!?」
ルナアポによって虹霓竜憧の鏡怪呪の身体を切り裂いた。
それと同時に、虹霓竜憧の鏡怪呪の情報が私の中へと流れ込んできた。




