876:バブルホールL-3
「……。『小人の邪眼・2』に対応する球体にしましょうか」
私はルナアポを使った副作用と思しき頭の込み具合が解消されると、どの球体に近づくのかを考え、その結果として『小人の邪眼・2』に対応するであろう不気味に拍動する白い球を目標に定める事にする。
「理由を訊くでチュ」
「理由は色々とあるけど……簡単に言えば、一番勝率が高いと共に、強化のための素材に心当たりがないから、ね」
『小人の邪眼・2』に対応する球を狙う理由は複数ある。
対応する邪眼術が弐の位階であるため、出現する何かも影響を受けて弱体化している可能性がある事。
強化したい三つの邪眼術の内、強化するための素材が思いつかない事。
使われる状態異常が小人と巨人であり、即死……即詰みする可能性が低めな事。
そもそもとしてルナアポから得た情報が正しいかどうかが確定していない事。
まあ、この辺だろうか。
「さ、近づくわよ」
「分かったでチュ」
そうして私たちは不気味に拍動する白い球へと近づいていく。
そして、近づいていくと同時に、周囲の光景が変化していくと共に、ルナアポによって私の中に送り込まれた情報たちが改めてまとめられていく。
そう、そうなのだ。
「此処は地の底」
『泡沫の大穴』は見た目こそ人それぞれであるが、本質的には地中へと潜っていくダンジョンである。
大地とは過去、骸、捨てられたものの積み重ねであり、それ故にか多くの神話において死後の世界の多くは地中にあるとされるし、生前に罪を犯した者が罰せられる場所、所謂地獄もまた地中にあるとされることが多い。
つまり、私の過去も、重ねてきた骸も、捨てて来たものたちも、此処には眠っているのだ。
「たるうぃ?」
神の使いが天使と呼ばれるように、天には神と言う意味が含まれている。
ならばそれと対を成す大地の底には、神と敵対する者、魔が潜むのは当然の事と言えるだろう。
この世界に神が居ないのは、淀みがはびこり、呪いが溢れている事、偽神呪たち神を偽る呪いが生じないわけにはいかなかった事から確かだが、それは魔が居ない事にはならない。
そして魔とは、神に敵対する者だけでなく、神に辱められたもの、神が打ち倒したもの、神が捨てたもの、神であったもの、神であれども大地に残る事を選んだものなども含まれている。
「全ての人は神話にまでその血を遡れる」
多くの神話にて神は人を作り出している。
人は人同士で子を成し、現代までその血脈を繋いでいる。
逆に言えば、全ての人は神話の時代にまでその血を遡る事が可能であり、神の残滓が複雑、多重、極小であれども存在していると言う事が出来る。
なので、私の中にも神の残滓は必ず存在している事になる。
「問題がなさそうなのが、逆に怖いんでチュが。これ」
そう此処は決戦の場である。
戦うのは、己の血に含まれる神話の縁を辿る事によって再生される、まがい物の魔。
そう考えた時に現れそうな魔と言えば、ザリチュが常々私をタルウィと呼ぶことから考えて、タルウィのまがい物になりそうではある。
けれどタルウィに連なる血以外も私には流れている。
今、私たちの前に姿を現そうとしているのは、タルウィではなく別の魔だ。
「そう、ある意味納得の相手ではあるわね」
他の12の球体が消え去る。
虹色に揺らめく空間が白一色に染め上げられる。
不気味に拍動する白い球が解けて、その中身が少しずつ明らかになっていく。
「『小人の邪眼・2』に対応する十二支は巳……つまりは蛇よね」
「まあ、妥当な相手ではあるでチュか」
「……」
現れたのは、全身を虹色に輝かせる蛇。
所謂、虹の蛇の類のようであり、こちらに向けている頭側が赤で、尾側が紫。
見るからに神聖そうな光を全身に纏っている。
体長は……こうして見ている間にも伸縮し、膨張し、縮小しているので正確なところは分からないが、10メートルは下らないだろう。
虹の蛇自体は天候とも関わりがあるので天側とも言えるが、此処に居るのはまがい物の魔なので、そこら辺は気にしなくていいだろう。
気にするべきは、こいつが何をするかであり、私の虹霓の要素の祖としてどのような繋がりを持つかだ。
「ユルルルル……」
「さあ来るわよ」
「分かってるでチュ」
私はネツミテを構え、邪眼術の準備をする。
ザリチュも隕鉄剣を構え、何時でも切りかかれる体勢を取る。
対する虹の蛇は僅かに鳴き始め……。
「ングル!」
「っ!?」
「チュアッ!?」
次の瞬間には私の眼前に、私とザリチュをまとめて丸呑みできる大きさにまで膨らんだ虹の蛇の口が迫ってきていた。
やはり虹の蛇は本物ではなくまがい物なのだろう。
神々しい見た目に反して、その口内には膨大な量の呪いが渦を巻き、このような深みにまでやってきた私を絡め捕らんと、無数の亡者のようにも見える何かが私の方へと手を伸ばしている。
だが、虹の蛇の口内の亡者たちの姿は、救いを求めているかのようにも見えた。
「ちいっ!」
「!?」
しかし呑まれるわけにはいかない。
私は反射的に『気絶の邪眼・3』を発動し、横へ飛ぶ。
ザリチュも私が飛んだのとは逆方向に飛ぶ。
そして、二人とも飛んだところで虹の蛇の口は閉じられ……ザリチュ操る化身ゴーレムは虹の蛇の口の中に消え去っていた。
「死んではいないのよね」
『死んではいないでチュよ。そして口の中はさっきよりも広く感じるでチュねぇ……』
「ユルルルル……」
どうやらと言うか、当然と言うべきか、虹の蛇は小人化や空間操作の類を持っているようだった。
私は『呪憲・瘴熱満ちる宇宙』の展開を意識しつつ、虹の蛇から距離を取るべく、ゆっくりと後退し始めた。
 




