858:バブルホールF-3
「さて、足掻きましょうか」
「でチュね」
「ゲーコゲーコゲコココココッ」
黒招輝呑蛙は相変わらず笑っている。
どうすれば勝てるかも分からないが、乾燥の状態異常が通用するのだから、それを起点として抵抗する事は可能だろう。
そして、抵抗し、凌ぎ続けていれば、何処かで光明が見えるかもしれない。
なお、私たちが逃げられる可能性については考えない。
出現理由と出現時の描写から考えて転移能力持ちだし、場合によっては攻撃だけを私が居る場所に飛ばしてくるぐらいの事は出来るだろうから。
「……」
「鳴き止ん……」
黒招輝呑蛙が鳴くのを止め、目に当たるであろう部分をこちらへと真っ直ぐに向ける。
現在の私は先程までの私と同じように、邪眼術と呪詛の剣の準備をしつつ、前後左右上下へと無秩序に動き続けている。
変更点と言えば、呪憲込みの呪詛の壁にかなり急な角度をつけて、錐に近い形状にしている事だろうか?
無駄な努力かもしれないが、ノーコストで試せることは試しておくべきだ。
後は黒招輝呑蛙の初動を今度はきちんと見れるかだが……
「ゲコッ!」
「っ!?」
「チュアッ!?」
気が付けば黒招輝呑蛙の体が私の目の前にあり、右前足を振り下ろす態勢に入っていた。
正直に言えばそうではないかと思っていたが、この挙動で私は確信する。
黒招輝呑蛙は遊んでいる、と。
認識できない速さそのままで攻撃をすることも可能なのに、私が対応する余地を与えるためにわざわざワンクッション挟んでいるのだと。
それは極めて屈辱的なことであるが、同時に生き残る好機でもある。
「たるうぃ!」
「逃げっ……」
だから私は黒招輝呑蛙の攻撃を避けるべく、殆ど反射的に動き出す。
足は黒招輝呑蛙の左足側、斜め上へと飛び込むように。
翅は黒招輝呑蛙の左側、素早く体を横へずらす事を目的とするように。
呪詛の鎖は体に巻き付いて、私の体を後方へと引っ張り上げるように。
「ゲロロッ」
「る……」
そして、私の動作の全てを黒招輝呑蛙はきちんと見ている。
左足側へと突っ込むならば、体から突起物を出すことで串刺しにする前兆が見えた。
左へと単純にずれれば、目から何かしらの物体を放つことで撃ち抜く前兆が見えた。
後方に飛べば、口から神速の槍の如き舌が放たれて、私の逆鱗を正確に穿つ前兆が見えた。
つまり、黒招輝呑蛙が見えている範疇で動いても、私は確実に死ぬ。
「のは悪手よ!!」
「ロォ!?」
「!?」
だからこそ私は黒招輝呑蛙の虚を突けた。
呪詛支配によって私の体という呪詛の塊を支配し、その位置そのものを動かすことによって、他の体の動作による移動の一切をなかったことにしつつ、私は動く。
向かう先は黒招輝呑蛙の振り下ろそうとしている右前足。
その前足にはカエルらしく立派な水かきのあるため、指と指の間を通り抜けるなどと言う真似は出来ない。
「『飢渇の邪眼・3』!」
だが、それでも水かき部分は他よりも強度が低い。
また、黒招輝呑蛙の強力過ぎる力に水分がない部分が追いつけないのは先程証明済み。
なので私は呪詛の剣を水かきに刺し、『飢渇の邪眼・3』を撃ち込み、水かきが破れてなくなる可能性に賭け、ギリギリの隙間を通り抜ける事を試みた。
「ゲーロゲーロ」
「ふぅ、はぁ……ふぅ……」
結果、私は生き残った。
かすり傷程度で、黒招輝呑蛙の右側へと移動して見せた。
黒招輝呑蛙はそんな私の行動を愉快なものを見るように笑っている。
隙だらけだった。
「『不明の呪い』! 『竜息の呪い』-ドゴスト-『噴毒の華塔呪』」
「ゲッコオオオォォォ……」
だから私は『不明の呪い』によってこちらを正しく認識されるまでの時間を少しでも伸ばすとともに、ドゴストの袋の出入り口を黒招輝呑蛙の腹に向け、念のためにと作り収納していた『噴毒の華塔呪』をその先端が突き刺さるように発射した。
流石の黒招輝呑蛙も『噴毒の華塔呪』と言う高質量体が高速で直撃すればただでは済まなかったらしく、大きく吹き飛んでいく……いや違う。
「ゲロロロロ、ゲコココココ」
黒招輝呑蛙は傷などほぼ負っていない。
自分から跳ぶ事で、ダメージを抑えながら、『噴毒の華塔呪』を抑え込んでいる。
笑っている!
「詰めるわよ!」
「チュオオオォォォ!」
「ゲ? ゲコー……!」
ザリチュが『噴毒の華塔呪』を自爆させる。
ダメージは当然ながら期待できない。
だが、時間稼ぎにはなる。
「『砂漠の呪い』! 『太陽の呪い』!」
私の真下の地面を起点として、砂漠が広がり、日差しが強まる。
元の環境が環境なので見た目には変化ないが、これによって乾燥は一気に進み、黒招輝呑蛙にとっては少しは辛さが増したはずだ。
「チュアッハァ!!」
「ゲロン!?」
環境が整ったタイミングで、自身の移動能力による限界までの加速とズワムロンソの伸長能力による加速、その両方を乗せたザリチュの突きが黒招輝呑蛙の体に突き刺さる。
その切っ先は確かに黒招輝呑蛙の体に食い込んでおり、伏呪の作用によって黒招輝呑蛙の体に僅かだが火も熾った。
「ゲー……ロッ! ロッ!」
「「!?」」
だがこれで限界だった。
次の瞬間には化身ゴーレムは黒招輝呑蛙によって叩き潰されており、私もまた黒招輝呑蛙に殴り飛ばされて何もないはずの空中に衝突、血反吐を吐く。
そして、間違いなく二動作以上の行動を黒招輝呑蛙は行ったのだが、私の目には黒招輝呑蛙の行動は同時に行われたようにしか見えなかった。
「ゲロロロロ……」
「ぐっ、げぼっ、ごぼっ、この……」
それでもまだ諦めるわけにはいかないと私は立ち上がろうとし……
「ゲロッ」
「は?」
私の目の前に黒い液体の入った小瓶を置くと、満足した様子で体表を覆う黒い液体が無くなっていく黒招輝呑蛙の姿を見る事になった。
「あ……」
どうやら黒招輝呑蛙は何かに満足して、その何かが私由来だったから、褒美を渡して去ったのだと思う。
「あー……」
ところでだ。
黒招輝呑蛙の体は恐ろしい量のドラゴンの体を圧縮して出来上がったものだったはずである。
そして、黒招輝呑蛙が去ったと言う事は、その圧縮が停止されたと言う事だろう。
圧縮された物質が変質し、その状態で安定しているならともかく、不安定な状態であるなら、はて、何が起こるだろうか?
「間に合えっ!!」
その想像に至ると同時に、私は咄嗟に『噴毒の華塔呪』を目の前に置き、地面の砂を巻き上げてその下に伏せ、呪詛の壁と呪憲を全力で展開した。
それから間もなく私の想像が正しかったことを証明するかのように、圧縮されていたドラゴンの体が膨らみ……
『泡沫の大穴』全体を揺るがすような規模の大爆発が起きた。
03/19誤字訂正