857:バブルホールF-2
「「「hrcrvtbyぬlp、hrcrvtbyぬlpーーー!!」」」
「『熱波の呪い』!」
黒いカエルにも見える良からぬものたちは、私たちに向かって一斉に跳躍した。
だが、跳躍の軌道はそれぞれの個体によって大きく異なり、まるで弾丸のように水平方向へ跳躍しているものも居れば、綺麗な放物線を描くように上方向からこちらへと向かってきているものも居る。
故に、狙われている私から見れば、何百と言う黒いカエルで構成されたドームが私に向かって収束して来ているようにも見えた。
「チュラッハァ!」
「とうっ!」
黒いカエルたちの実力は分からない。
だが、『転移の呪い』のペナルティとして発生したこと、その見た目がどことなく地上で飛行した際にペナルティとして出現する黒影大怪鳥に似ている事。
そして、単純な密度と質量から考えれば、この場にただ留まった場合にどうなるかは考えるまでもないだろう。
「「「hrcrvtbyぬlp、hrcrvtbyぬlpーーー!!」」」
だから私は『熱波の呪い』を発動すると、素早く自分の体に呪詛の鎖を巻き付け、黒いカエルの密度が少しでも低い方へと出せる最高速度で飛んでいく。
対する黒いカエルの雨は進路上にある木々を抵抗なく粉砕して進んでいく。
しかし、まったく隙間がないわけではない。
「っう……はぁ……」
「ぜぇ……チュう……」
なので私はその隙間に体をねじ込み、呪詛の鎖で引っ張り上げる事で軌道を捻じ曲げ、私もザリチュもギリギリのところで黒いカエルの群れを躱し切る。
当然無傷とはいかず、HPは半分ほど削られているが……死ぬよりはマシなので問題はない。
「「「ゲエエェェコオオォォ……ゲエエェェコオオォォ……」」」
「すぅ……はぁ……。ただの集合でした。って事かしら?」
「かもしれないでチュねぇ……」
黒いカエルは落下地点で団子のようになっていた。
黒い液体の表面が波打ち、幾つもの手、目、舌が見え、異口同音に理解できる音で鳴いている。
まるで、一つの大きな体を作るべく、挽肉をこねて体を作っているかのようだった。
なんにせよ、直ぐに反撃する気がないのはこちらにとって好都合。
私は邪眼術の準備をしつつ、『鑑定のルーペ』を黒いカエルに向ける。
△△△△△
黒招輝呑蛙 レベル99
HP:???/???
有効:なし
耐性:毒、灼熱、悪臭、気絶、沈黙、即死、出血、小人、巨人、干渉力低下、恐怖、UI消失状態、暗闇、魅了、石化、質量増大、重力増大
▽▽▽▽▽
「……。生存を諦めたい」
「気持ちは分かるでチュよ。たるうぃ」
完全にお仕置きモンスターである。
レベル99かつ私が扱える状態異常で耐性がないのは乾燥だけと言うのは、幾ら何でも酷すぎやしないだろうか。
「まあ、やれるだけはやりましょう。『竜活の呪い』は使わないけど、それ以外は全力で」
黒いカエル改め黒招輝呑蛙の体は少しずつ整っている。
この場に居たドラゴンたちの体だった骨を砕き、皮を割き、肉を絞り、腸を練ると共に、この場に生えていた木々の葉を散らし、幹を断ち、根を張り、花を纏う事で、体を構築していっているようだ。
やがて、全身くまなく真っ黒で、瞳もまた黒い大きな蛙が姿を現した。
最終的な体高はたぶん私と同じくらい。
弱いから小さいのではなく、圧縮したから小さいタイプ。
レベルと耐性を抜きにしても、その一挙一動から注意は逸らせないだろう。
「呪憲も解禁と言う事でチュねぇ」
「ええ、でないと勝負にもならなさそうだし」
対する私は『呪憲・瘴熱満ちる宇宙』を既に展開済みで、呪憲を混ぜ込んだ呪詛の壁も何重にも張り巡らせている。
此処にいたドラゴン程度ならば、何時間攻撃されても難なく耐えるだろうが……さて、黒招輝呑蛙相手だとどうなるだろうか?
正直、信用できないので、不規則に前後左右上下に動いて、狙いを絞らせないようにしているが。
「ゲーコ」
「は?」
黒招輝呑蛙が一鳴きした。
その直後には私の頭の横を何かが突き抜けていた。
それは黒い棒のようなもので、黒招輝呑蛙の口から伸びていた。
つまり、これは黒招輝呑蛙の舌であるらしい。
そして、舌の進路上にあったものは、余計な破損を周囲に及ぼさず、忠実に進路上にあった部分だけが消滅しているようであり、私の後方の視界には空間そのものを貫いているようにしか見えない舌が見えた。
「『飢渇の邪眼・3』!」
私はほとんど反射的に呪詛の剣を振り上げ、『飢渇の邪眼・3』を黒招輝呑蛙の舌に撃ち込んでいた。
この行動は正解だったのだろう。
何故ならばだ。
「ゲェコオオォォ!」
「「!?」」
私の頭の横を貫いた黒招輝呑蛙の舌が何百本もの糸のように細い筋に分かれ、広がろうとしていたからだ。
舌の破壊力は先ほど見たとおり。
それが糸のように細く、人が通り抜けられそうにないような間隔で広がればどうなるかなど、考えるまでもなかった。
だが、あまりにも速く、そして私の『飢渇の邪眼・3』によって局所的に乾燥しきっていたためだろう。
先程『飢渇の邪眼・3』を放った場所に炎が起こり、そこを起点として、舌がバラバラに千切れ、吹き飛んでいく。
「は、ははは……地上で出てこなくてよかったわね……」
「ほ、本当でチュねぇ……」
結果、舌が千切れた場所より奥にあったものは、飛び散る舌だったものによって細切れにされ、前にあったものは黒招輝呑蛙の狙い通りに広がった舌によって切り刻まれ、ちょうど真横に居た私とザリチュ、木々だけが生き残る事になった。
「ゲーコゲーコ」
「でも、見通しは良くなったわねー」
「ソーデチュネー……」
黒招輝呑蛙は笑っている。
バラバラになった舌を胴を貫通させて口の中にあたる部分へと戻しながら。
いやうん、これ、どうすればいいのだろう?
正直、どうすれば勝てるのかすら分からないと言うのが、私の本音だった。
03/18誤字訂正