855:ボンドパレス-5
「じー」
『なんか見られているでチュね。たるうぃ』
「そうね。何故か見られているわ」
淀縛の眼宮を後にして、『ダマーヴァンド』に戻ってきた私は、化身ゴーレムを再作成するためにも自分のスペースに戻ろうとしていた。
そして広場にまで戻ってきたのだが、そこで書類作業の休憩中と思しきエヴィカがこっちを訝しげに見ているのに遭遇した。
「エヴィカ、何か言いたいことがあるなら好きに言っていいわよ」
「では遠慮なくー……楼主様ー……何を拾いましたー?」
「何をって……」
エヴィカの言葉を受けて、私は自分の体を見返す。
だが、特に妙な物がくっついているような事は無い。
となれば、淀縛の眼宮で入手した何かがエヴィカのセンサーに引っ掛かったと言う事だろう。
しかし、淀縛の眼宮で手に入れたものの内、ルビーは『劣竜式呪詛構造体』の強化に、金貨と銀貨もその際に握り潰して破壊してしまっている。
他に何か手に入れて……いたか。
「これかしら?」
「それですねー」
『そう言えば回収していたでチュねぇ……』
私はドゴストから淀みを取り出す。
相変わらずの黒を主体とした色合いの奇妙な物体であり、見ていて不快感が強い。
「ちょっと裏で話をしましょうか」
「分かりましたー」
淀みについては表で話すには相応しくない案件だろう。
と言う訳で、私はエヴィカを連れて、他のプレイヤーの目がない場所にまで移動する。
「それで、淀みがどうして気になったの?」
「んー……淀みはー……燃料としては都合がいいのでー……高く売れるんですよねー……処理されているのが必須ですけどー」
「燃料ねぇ……」
淀みが燃料になる、か。
まあ、人間の負の感情を物質化したようなものであるし、呪いに満ちた世界であるなら、何かしらの使い道はあるのだろう。
「でもエヴィカ。都合がいいと言う割には、不快そうな顔ね」
「分かりますかー……流石は楼主様ー……そうですねー……ぶっちゃけ不快ですー」
ただ、好き好んで使うものではない、と。
あれか、石油はエネルギー源として有用ではあるが、石油の匂いや手触りを好むかと言われればそうではない、と言う感じだろう。
「ちなみにー……最近はどうしてかー……魅了の眼宮の子たちにー……プレゼントするのが流行ってますよー……迷惑な話ですよねー……受け取りはしますけどー」
「え、淀みをプレゼントするのが流行っているって……正気?」
『そう言えば、掲示板になんかそんな感じの書き込みがあったでチュねぇ』
「掲示板に? ザリチュ、その書き込みを出して」
『分かったでチュ』
「おー?」
私はザリチュに掲示板を出してもらい、該当する書き込みについてエヴィカと一緒に見てみる。
で、見た結果としてだ。
「こう、誰が書き込んだか分からないはずなのに、分かるわね」
「嘘を言っていないのがー……実に性格が悪いですよねー」
『まあ、ざりちゅが書き込める以上、書き込めるでチュよねぇ』
うん、プレイヤーじゃない誰かさんが書き込んだ形跡があった。
まあ、アレならばそう言うことは出来てもおかしくないだろう。
立ち位置的には掲示板を管理する側なわけだし。
「これー……どうしますー?」
「んー……エヴィカ、幾つか確認」
「なんですかー?」
さてどうしたものか?
とりあえずエヴィカに幾つか確認。
具体的には、淀みが妓狼の竜呪に問題を及ぼすか否か、魅了の眼宮にマイナスをもたらすか否か、『虹霓鏡宮の呪界』全体及び『ダマーヴァンド』に悪影響が生じるか否かだ。
私の質問を聞いてエヴィカは少し悩んだ後に口を開く。
「問題はー……どこにも起きないと思いますー……不快なだけですからー」
「なるほどね」
うん、何となくだが、この書き込みの意図も読めた。
そういう事ならばだ。
「よし、無視しましょうか」
とりあえず私の持つ淀みは『呪憲・瘴熱満ちる宇宙』と『灼熱の邪眼・3』の合わせ技で焼いて処分してしまう。
「いいんですかー?」
「ええ、喜ぶからと相手の事を碌に調べもせず、渡した後の反応も伺おうとせず、ただ同じアイテムだけを送るような奴らの好感度がどうなろうとも、私の知った事ではないもの。と言うか、そういう連中に身請けとかしてほしくないから、そういう連中の好感度は底の底で這いつくばってればいいわ」
「それはー……そうですねー……楼主様が正しいと思いますー」
『確かにそうでチュねぇ』
で、訂正もしない。
淀みは、妓狼の竜呪と言う種全体としては喜ぶアイテムではあるかもしれないが、妓狼の竜呪一人一人の好感度は大きく下がると言うアイテムである。
その事実に気づかないプレイヤーは、妓狼の竜呪一人一人を見れていない可能性が高いし、情報の収集や検証を疎かにしているとも言える。
うん、妓狼の竜呪としては、ビジネスライク以上の付き合いをするべきではない人間としてカテゴライズするべきだし、その判断をしやすくするためにも、この情報は秘匿するとしよう。
「じゃあ、そういう方向でお願いするわね。エヴィカ」
「分かりましたー……楼主様のお望みのままにー」
と言う訳で、淀みへの対処は決定した。
「さて、化身ゴーレムの再作成を終えたら、『泡沫の大穴』に向かうわよ」
『分かったでチュ』
そして、化身ゴーレムの再作成を済ませると、私たちは『泡沫の大穴』へと向かった。
03/16誤字訂正