854:ボンドパレス-4
「ジダバァ!!」
頭だけで浮いているように見える収奪の苔竜呪の口から黒い炎が放たれた。
「これは……」
「ま……遅いでチュ?」
その炎はかなりの大きさを誇るはずの通路を、一面の黒で埋め尽くしている。
だが、スピードはかなり遅く、死に戻りを覚悟した私は逆に唖然とさせられた。
どうやら淀縛の眼宮の収奪の苔竜呪は淀馬の竜呪と同じような能力を持っているらしい。
だから、炎はとても遅く、お互いに認識するまで姿が見えなかったのだろう。
頭だけで浮いているように見えたのは……見た目通りに胴体部分を切り離せる能力を持っているか、体の部位ごとに認識している精神が違うからと言うところだろうか?
竜骨塔も見えなかったのが気になるが……うーん。
「たるうぃ」
「言われなくても退くわ。無理をする意味はないもの」
なんにせよ、今は逃げるべきか。
収奪の苔竜呪の炎の威力は桁違いに強力で、巻き込まれればただでは済まないのだし、淀馬の竜呪の炎と同じなら干渉力低下も入っているはずなので、一度巻き込まれ始めれば逃げる事も叶わなくなってしまう可能性が正しい。
「たるうぃ!?」
「ん? あれ、なんか速くなって……まさか!?」
なので私は後方に向かって飛び始めたのだが……様子がおかしい。
少しずつだが、黒い炎の壁との距離が縮まっているように見える。
いや、ようにではない!? 現実に距離が縮まってきている!?
「全力で逃げるでチュよ! たるうぃ!」
「言われなくても分かってるわ!!」
黒い炎の壁は少しずつ加速してきていた。
今では確実に私たちの通常の移動スピードよりも速くなってきている。
しかも炎の遅さあるいは粘性によるものなのか、淀縛の眼宮のメイン通路同士をつなぐ細い通路にも炎が入り込み、隙間なく進行していっているようだった。
まずい、これは本格的にまずい。
相手の炎の射程範囲が分からない以上、何処まで逃げれば助かるかも分からないし、炎の勢いが衰える様子が見られないのにこの加速では、このままだと何処かで確実に追いつかれる。
おまけに今死んだ場合には、収奪の苔竜呪によって今回の淀縛の眼宮攻略の成果を悉く奪われるわけだが……その中にはアップデートされたばかりの『劣竜式呪詛構造体』も含まれている。
それが奪われた場合、どんな不具合が生じるか分かったものではない。
「ザリチュ! 化身ゴーレムは諦めるわ!」
「でチュよねぇ!!」
逃げきれない以上は……やり過ごすしかない。
そしてやり過ごすならば、やはりこの手か。
「『虚像の呪い』!」
私は『虚像の呪い』を発動。
直後に私の体は黒い炎に飲み込まれ、黒い炎が私の予想通りの威力を持っていたために、『虚像の呪い』の効果が発生し、炎の壁をすり抜ける。
「チュアアアアァァァァァッ!? やっぱり纏わりつくでチュ! そして干渉力低下でチュああぁぁ……」
私が炎の壁をすり抜けた直後、炎の壁の向こう側で化身ゴーレムが焼かれる。
ザリチュの感想から察するに、やはり一度炎に巻かれてしまうと、状態異常も相まって、まず助からないようだ。
「……。でも凌いだわね」
『でチュねぇ……』
だが幸いにして、炎の壁の向こうは、僅かな残り火が床や壁に残っているだけで、収奪の苔竜呪の姿はなかった。
また、炎に巻かれるのを避けるためだろう、淀馬の竜呪の姿もない。
『でもあの炎、何処まで進んでいくんでチュかね……』
「さあ? でも既に私たちの全速力よりも速くなっているでしょうし……広がり、速くなった分だけ威力が下がっている事を祈っておきましょうか」
『でチュねぇ……』
収奪の苔竜呪の炎にプレイヤーが巻き込まれる可能性は……決して低くはないだろう。
しかし、誰が収奪の苔竜呪に炎を吐かせたのかは誰にも分からないこと。
巻き込まれたら、運が悪かったと思って貰う他なく、私は知らんぷりをするのが正解だろう。
「それよりも問題は、いざアレと戦うとなった時にどう戦うかよねぇ……」
『あー、確かにそうでチュねぇ……』
私は淀縛の眼宮の出口に向かって移動を始める。
「うーん、竜骨塔の近くにまで気づかずに行ければ、そこでインファイトを仕掛けて、炎の隙間と言うか死角に入り込めるかしら?」
『まあ、それが一番戦える可能性が高そうでチュよねぇ』
「怖いのは自爆覚悟で……いえ、頭だけ実体化させることが可能で、炎を吐かれた場合かしら?」
『逃げ場がない奴でチュね。分かるでチュ』
「竜骨塔の近くと言う事は空気の淀みも濃くなっていそうだし……」
『専用対策が必須どころじゃなさそうでチュねぇ……』
淀縛の眼宮の収奪の苔竜呪の素材は、干渉力低下に対して非常に有用な効果を持っている可能性が高い。
干渉力低下は全ての行動に関わってくる状態異常なので、それを防げるなら非常に有用な素材なのだが……この分だと、討伐するのは他の収奪の苔竜呪よりも厳しそうだ。
場合によっては、淀馬の竜呪を先に発見できるような何かを新たに開発する必要ぐらいはあるかもしれない。
『けれどたるうぃはまず自分の強化優先じゃないでチュか?』
「まあ、それはそうなのよね。残りは出血、小人、石化、重石ねぇ……また『泡沫の大穴』かしらね」
『やっぱりそうなるでチュか』
そうして私は淀縛の眼宮の入り口にまで戻ってきた。
プレイヤーの数は……少し減っているようだった。
だが、何故減ったのかは敢えて問わず、私は淀縛の眼宮を後にしたのだった。