852:ボンドパレス-2
「人がだいぶ減ってきたわね」
「でチュね」
淀縛の眼宮を移動すること暫く。
この眼宮の構造を私はだいぶ理解してきた。
どうやら淀縛の眼宮は立体的な迷宮と捉えるのが正しいらしい。
なので、後方を気にせずスロープを下る方向にばかり移動していると、帰り道で行きには見えなかった通路に迷い込み、脱出するのが難しくなる。
途中で上りを挟んだ方が同じ場所に行きつくにしても近かった。
細い通路を進んだら、下の大きな通路に垂直に降りる道だった。
などと言う事が起きるようだ。
検証班辺りは今頃マッピングで死んでいるのかもしれない。
「あ、此処は駄目でチュね。たるうぃ」
「そうね。私たち以外にとっては、だけど」
「「「……」」」
そうして移動する間に淀縛の眼宮のギミックも分かってきた。
此処のギミックは……簡単に言えば空気だ。
詳細なルールまでは分かっていないが、普通の空気よりも比重が重い淀んだ空気のようなものが存在し、それを吸い込んでしまうと様々な悪影響が生じるようだ。
具体的には、軽度ならば異臭悪臭程度の不快感、中度ならば毒や恐怖、干渉力低下と言った状態異常、重度ならば気絶からの転倒、さらには酸欠による死に戻りが発生する。
現に私たちの前には、淀んだ空気が溜まっている場所に何かしらの理由で踏み込んでしまったらしいPTが倒れており、HPの少ないものから死に戻りしていっている。
「カースってこういう時に理不尽でチュよねぇ」
「敵としてはそうねぇ」
「「「……」」」
なお、私とザリチュには状態異常も酸欠も効かない。
ザリチュは化身ゴーレムなのでそもそも呼吸をしていないし、私は呪詛支配に加えて虫の翅の羽ばたきによる空気の撹拌を行っており、おまけに短時間ならば呼吸をせずともどうにでもなる体だからである。
と言う訳で、恨めしそうな目を向けているプレイヤーの横を通り、私たちはさらに奥へと向かう。
「「ビビーン!!」」
「あ、ようやく見つけたわね」
「でチュね」
と、此処でようやく私たちは馬ドラゴンを見つけた。
大きい通路同士がぶつかり合う十字路のような場所に、体高2メートルほどの個体が居る。
そして私たちの事をしっかりと認識しているようで、馬もドラゴンも私たちへ目を向けている。
「では鑑定っと」
「「ブビッ!?」」
ではまずは正式名称を知ろう。
△△△△△
淀馬の竜呪 レベル40
HP:■■■/■■■
有効:なし
耐性:なし
▽▽▽▽▽
「「ビビーン!」」
「あー、HP表示がバグっている感じねぇ……」
「まあ、奇妙な相手でチュからねぇ……」
馬ドラゴンの正式名称は淀馬の竜呪。
注目点は二つ。
一つはHPがバグを起こしたような表示になっていること。
これは淀馬の竜呪が、体を覆う黒い液体部分に攻撃をされても効果がなく、攻撃できる部位は部位でそれぞれ独立していると言った特殊な性質を有しているためだろう。
もう一つは状態異常について。
有効なものも耐性があるものもなしとなっているが、淀馬の竜呪の状態異常を受けた部分を飲み込み、塗り潰し、無かったことにしてしまう性質を考えると、あらゆる状態異常に耐性を持っていると言っても過言ではないだろう。
「で、消えたんでチュが?」
「逃げてはいないはずだから、構えて」
さて、淀馬の竜呪の情報を確認している間に、淀馬の竜呪の姿は見えなくなってしまった。
恐らくだが、淀馬の竜呪自身が目を閉じ、耳を消し、鼻を潰す事で、私を認識しないようにし、それによって私から淀馬の竜呪を認識する事が出来ないようにしたのだろう。
「えーと、この辺かしらね?」
「あ、なんか変なことを始めたでチュ」
淀馬の竜呪の狙いは考えるまでもない。
認識できない状態のまま接近し、攻撃の直前で認識出来るようになって、私へ先制攻撃を仕掛ける事だろう。
それを理解している私は、淀馬の竜呪の体格と速さから位置を想定し、ちょうどいい位置に浮かび、呪詛の剣を生み出し、邪眼術のチャージを始めておく。
「「ビ……ビイッ!?」」
「ニコリ」
そして淀馬の竜呪が現れた。
私の目の前にドラゴンの方の頭が来るように、後方に馬の方の頭が来るようにだ。
「『魅了の邪眼・3』」
「「!?」」
明らかにビビり、慌てて目を閉じようとする淀馬の竜呪に対して目一つ分の『魅了の邪眼・3』を発動。
魅了の状態異常が入り、淀馬の竜呪の動きが止まる。
「チュラッハァ!!」
「「ビビビイィ!?」」
そこへ馬の方の頭に向けてザリチュの攻撃が放たれ、瞳が片方割られた。
その痛みによって淀馬の竜呪の馬部分が前足を上げ、仰け反り、魅了を治す暇もなくさらに動きが鈍る。
「『淀縛の邪眼・3』」
「「ーーーーー!?」」
これならば問題なく狙える。
と言う訳で、ドラゴンの目二つと馬の目一つに呪詛の剣を突き刺し、『淀縛の邪眼・3』を発動。
干渉力低下が付与されたことによって、淀馬の竜呪の体となっていた黒い液体のような部分が弾け飛ぶ。
「追撃でチュよ!」
「せいっ!」
そうして見えた淀馬の竜呪の本体である金貨や宝石に向けてザリチュは剣を、私はネツミテを振るう。
淀馬の竜呪の本体の耐久度は極めて低いので、掠りさえすれば粉々に砕け散り、あっさりと破壊できていく。
で、ある程度破壊したところで。
「ふんっ! とうっ!!」
「アイテム確保でチュか」
「ええそうよ」
私は左腕をまだ砕けていない金貨、銀貨、紅玉が集まっている所に突っ込み、それらを掴み取る。
そして、含まれていた呪いあるいは淀みを呪詛支配によって塗り潰す事で確保した。
「しかし、戦い方が分かっているとあっさりでチュねぇ」
「そうね。でも、アイテム回収と言う面では楽でいいわ」
では、適当な通路に入って安全を確保したら、鑑定をしてみよう。




