851:ボンドパレス-1
「さて今日はまず仮称淀縛の眼宮からね」
土曜日、本日も『CNP』にログイン。
いつもの作業をこなしていく。
『理法揺凝の呪海』から見た『蜂蜜滴る琥珀の森』に少々不穏な気配があったが……一部のプレイヤーがムミネウシンムに手を出し始めただけのようで、ムミネウシンムが地上に出てくる気配は全くないので、まだまだ大丈夫だろう。
掲示板……ゼンゼたち『鎌狐』をPKする事を狙っている面々が情報交換している場所には情報を挙げておくが。
「淀縛の眼宮の掲示板、酷いことになっているでチュよ」
「それについては馬ドラゴンの性質上仕方がないわね。見ないけど」
「見ないんでチュか」
「見て知りすぎたら、面白くないもの」
で、別の掲示板……淀縛の眼宮についての掲示板は見ず、エヴィカと少し話をしてから、『虹霓鏡宮の呪界』へと向かう。
「しろほわが居ない以上、久しぶりに邪眼を受ける事になるでチュねぇ」
「まあ、それは仕方がないわ」
私とザリチュは黒い鏡の扉を抜けて、仮称淀縛の眼宮に突入する。
すると伏呪付きの『淀縛の邪眼・3』と同じ効果を持つ光が照射され、私とザリチュに干渉力低下が付与される。
まあ、少々体がだるくなる程度なので、現状では問題はない。
「下水道……と言うのが近いかしら」
「そうでチュね。近いと思うでチュ」
状態異常が問題ないので、私は直ぐに周囲の状況を確認。
今居る場所は薄暗い半円状の広場のような場所であり、広場の外に繋がる通路として、マントデアでも通れる大きさを持つ七本の通路がある。
背後には黒い鏡の扉があり、そこが一番高い場所として、緩やかなスロープが敷かれ、広場の外に繋がる通路へと続いている。
スロープも壁もコンクリートのような素材で作られているようだが、繋ぎ目の類は一切見られない。
なお、スロープの一部とそれぞれの通路の真ん中には溝が彫られており、水を流せるようになっている。
まあ、水は流れていないのだが。
総合的な雰囲気としては、下水道や地下通路、とにかく薄暗く、陰気で、淀みが溜まっている感じであり、恐怖の眼宮よりもよほど恐怖を煽りそうな気配はある。
「タルが来たぞ」
「タルが来たのか」
「くくく、俺たちが味わったものを味わうがいい……」
「此処が地獄の一丁目ぞ……」
「ケキョキョキョキョキョ……」
「リアル発狂は止めてください。怖いので」
「あ、はい。ごめんなさい」
今現在は他のプレイヤーが多いからか、眼宮突入と同時に馬ドラゴンが出現して戦闘になる、と言う事は無いようだ。
うん、落ち着けるなら、それに越したことはない。
と言うのもだ。
「む、右手に集中したわね」
「ざりちゅは左足でチュねぇ」
淀縛の眼宮突入と同時に付与される干渉力低下は、私の伏呪付き『淀縛の邪眼・3』と同じもの。
そのため、干渉力低下のスタック値が減ると同時に、効果範囲を狭めつつ同量の干渉力低下が付与される。
そして、これを三度まで繰り返す。
つまり、全身を襲う干渉力低下が弱まったと思ったら、右手だけを襲うように、右手のが弱まったと思ったら、右手人差し指だけ襲うように、右手人差し指のが弱まったと思ったら、右手人差し指の関節だけを襲うように干渉力低下が付与されるのだ。
おかげで中々治らない。
おまけに干渉力低下の仕様上、効果範囲が狭まるとそれだけ効力が高まるので、中々にだるく、痛い。
「治るまでは待機ね」
「でチュねー」
では、干渉力低下が治るまでの間に、この場についての鑑定を済ませてしまうとしよう。
△△△△△
虹霓鏡宮の呪界・淀縛の眼宮
限り無き呪いの世界の一角に築かれた虹霓に輝く城。
離宮の一つ、淀縛の眼宮、そこは淀みに満ちた世界であり、何時までも纏わりつく卑しきもので満ちた世界でもある。
ひしめくは馬と淀みの力に満ちた竜の呪いであり、彼らは一方的な殺戮を望む浅ましきものである。
呪詛濃度:26 呪限無-中層
[座標コード]
▽▽▽▽▽
「……。じみーに嫌われている気がするわね」
「でチュねぇ。まあ、分からなくもないでチュが」
鑑定結果からは僅かながらではあるが、仮称裁定の偽神呪が抱く淀みに対する嫌悪感が伝わってくる。
まあ、淀みは淀みなので、当然の反応ではあると思うが。
「さて、通路を進む前に色々と確認ね」
「答えを言うでチュか?」
「必要ないわ」
干渉力低下はだいぶ治ってきているので、行動を開始しよう。
まずは通路の先を確認していく。
呪詛の霧の明かりによってだいぶ先の方まで見えているが、どうやらどの通路も途中で折れ曲がったり、分岐したりしているらしい。
そして、七本のメインの通路以外にも、その通路の間を繋ぐように細い通路があるようだ。
つまり、淀縛の眼宮は下水道の見た目でありつつ、その構造は網目状あるいは迷宮状であると考えていいだろう。
「んー、馬ドラゴンと戦うためには、幾らかは奥に行く必要がありそうね」
「まあ、そうなるでチュよね」
ギミックは……一目で分かるようなものは存在しない。
この先に進みつつ探るしかないだろう。
で、広場の近くの通路では、試練個体よりも小さい、体高2メートルほどの馬ドラゴンと戦っているPTが幾つも見えていて、相手が居ない馬ドラゴンは見つからない。
戦いたいなら、もう少し奥へ行く必要がありそうだ。
「じゃ、行きましょうか。巻き込まれないように気を付けつつね」
「分かったでチュ」
と言う訳で、私たちは他のPTと馬ドラゴンの戦いに巻き込まれないように気を付けつつ、淀縛の眼宮の奥へと……ほんの僅かずつにだが下り続けている通路を進み始めた。
03/13誤字訂正