848:タルウィボンド・3-6
「「ブルビヒィブル!!」」
「あははははっ!」
私は馬ドラゴンを追いかける。
対する馬ドラゴンは銃撃の準備をしつつ逃亡……だけでなく、馬もドラゴンも後方に向けて遅い火球を放ち、こちらの足止めを狙ってくる。
「弾幕が薄いわよ! 馬ドラゴン!!」
「「ブルル……」」
しかし密度が足りていない。
遅い火球をさらに遅くし、帯のように放つことによって、まるで炎の壁がこちらに迫るようになっており、地面を走る相手ならば大きく道を変える必要があるかもしれないが、空を飛ぶことが可能である上に、細かい軌道変更を行える私にとっては、そこまで避ける事が難しいものではない。
前に進みつつ、右に飛び、左に飛び、上に飛び上がり、素早く下降し、地面すれすれで身を捻り、宙返りのような軌道で火球の間をすり抜けて、馬ドラゴンへと迫っていく。
「「ブルルルググルガァ!!」」
「っ!?」
だが詰め切れない。
こちらが距離を詰め切る前に馬ドラゴンがこちらに棒の先端を向け、それを見た私が素早く横に跳ぶと同時に、射線上にあった地面あるいは壁が砕け散る。
この間に馬ドラゴンは距離を離すことが出来てしまう。
あるいは遅い火球に含まれる糸が、私が認識出来ないままに溜まっていき、こちらを抑えるのに十分な量になったところで実体化、私の動きを縛る。
私はそれを呪詛の炎で除去するのだが、その一瞬の間に馬ドラゴンは逃げ去ってしまう。
「ふんっ!」
「「ブルルガ」」
一応ではあるが、私は反撃として呪詛の剣を馬ドラゴンの黒い液体から露出している部分へと射出する。
しかし馬ドラゴンはこちらの攻撃をあっさりと回避、あるいは黒い液体の部分で受け、変わらずに逃げ続ける。
目くらましも兼ねているので放つのは止めないが、やはり効果は薄そうだ。
「でも、何時まで保つかしらね? 貴方がミスすれば、私はあっという間に距離を詰めていくわよ」
「「ブルル……」」
結果として、私と馬ドラゴンの追いかけっこは付かず離れずの状態になっている。
だが、この均衡は危ういものだ。
私と馬ドラゴン、先にミスした方が一気に敗北に近づく事になる。
けれどそれでも私は愚直に追いかけ続ける。
自分が生存している事を示すように、時折だが地面で光るものが見ているからだ。
「「ブルルルググルガァ!!」」
「あまっ……」
そして何度目かの接近。
馬ドラゴンは棒の先端を正確に私の方へと向け、私はそれを上に飛んで回避しようとした。
だが破砕音は響かなかった。
「フェイント!?」
「「ブビヒィ……」」
それどころか馬ドラゴンは正確に私へ棒の先端を向け続けている。
今銃撃されれば、銃弾は確実に私の体を捉えるだろう。
「っ!?」
「「ブッビ……」」
おまけに私の体はこのタイミングで……否、このタイミングだからこそ、私に絡みつきつつも放置されていた糸を実体化させ、私の動きを鈍らせてきた。
その糸の量は、明らかにこれまで焼いてきた糸よりも多い。
「ははっ」
完全に嵌められた。
これまでにやってこなかったフェイントを、これまで絡みついてはいても敢えて実体化させていなかった糸を、此処で両方同時に切って、私を確殺する態勢を作ってくるとは。
「「グルガァ!!」」
銃撃が放たれる。
弾丸が私の体に触れる。
「『虚像の呪い』」
「「!?」」
だが、弾丸も糸も私をすり抜け、私は無傷で自由になった。
そして、半透明で揺らめく姿のまま、馬ドラゴンへと全力で迫っていく。
「「ブルルガァ!?」」
馬ドラゴンは慌てた様子で無数の火球を吐き出しつつ逃げだしていく。
しかし、逃げられない。
これまで付かず離れずが保たれていたのは、私が攻撃を避ける必要があったからだ。
「「グルガァ! グルガァ!!」」
「あははははっ! やっぱりそういう事も出来るわよねぇ!!」
炎の壁を突き抜けた私に対し、これまでの経験からすればまだリロードが終わっていないはずの棒が向けられる。
そして、一度だけでなく、二度三度と銃撃が放たれる。
どうやらこれまでは使う必要がなかったからと隠していたが、あの銃撃は複数回撃つことも可能であったらしい。
だが当然のように、それらの攻撃も私をすり抜けた。
まだ三秒経っていないからだ。
「「グ……」」
で、あらゆる攻撃が通じない理不尽な状態の私を見て、馬ドラゴンは状況の仕切り直しをすることにしたのだろう。
二つの黄色の目、それぞれの胸元に輝く赤い宝石、それらが黒い液体で覆われていく。
馬ドラゴンは、馬ドラゴンがこちらを認識していなければ、干渉する事が出来ない。
その性質を利用して、視覚、聴覚、嗅覚、触覚、呪いの知覚能力と言ったものを自ら閉ざすことによって、私の接近を凌ごうと言うのだろう。
「良い手ね。ええ、本当に」
良い手だ。
非常に良い手だ。
此処を凌げば、十分な距離を取る事も、糸で絡め捕る事も、連続銃撃によって私を制することも出来るに違いない。
「私が一人であるならばだけど」
「「グビヒィ!?」」
だが、馬ドラゴンの目が完全に閉ざされる事はなかった。
それよりも早く、馬ドラゴンの全身を貫くように光の杭が地面から何本も立ち上り、その動きを微細なものまで含めて完全に抑え込んだ。
誰がやったかは考えるまでもなくアイムさんであり、何をしたのかは……正式名称は分からないが、恐らくは浄化属性、ダメージ無し、意識を奪わず、けれど拘束だけはしっかりとすると言うものだろう。
馬ドラゴンにとっては天敵のような状態異常に違いない。
「飼い殺しにしてあげるわ。raelc『淀縛の邪眼・2』」
「「!?」」
そして、動きが止まっている間に私は馬ドラゴンに接近。
到達した時には既に『虚像の呪い』の効果は終わっており、邪眼術のチャージも終わっていた。
だから、馬ドラゴンの体の内、黒い液体に覆われていない四か所に呪詛の剣を突き刺し、しっかりと視界に収め、私は『淀縛の邪眼・2』を馬ドラゴンへと撃ち込んだ。
「「ビグガァ!?」」
結果は直ぐに現れた。
馬ドラゴンの体を構築していた黒い液体が弾け飛び、その下に隠されていたもの……淀みを纏っている無数の金貨、銀貨、宝石、装飾品と言った財宝たちが現れたのだ。
これこそが馬ドラゴンの本体であり、倒すべき相手なのは明白だった。
「死ね。赤宝石、お前については楽しかったわよ」
だから私はそう認識すると同時に、呪詛の剣の雨を降らせ……全ての財宝を粉々に砕いていく。
そうして最後にドラゴンの胸で輝いていた赤い宝石を打ち砕き、戦いそのものも終わった。