845:タルウィボンド・3-3
「さて、どうしたものかしらね?」
私の呪法と伏呪付き『灼熱の邪眼・3』が直撃すると共に馬ドラゴンはその姿を消してしまった。
「倒した……と言う訳ではないんですよね」
「ええ、それだけはないわ。原材料の都合上、この程度で終わるような潔い奴ではないはずよ」
倒したという可能性はない。
淀みのしぶとさと言うか、しつこさと言うか、とにかくアレがたった一回の攻撃で仕留められるなどと言うのは、あらゆる面から見てあり得ない。
だから何かしらの手段で生き延びているし、隠れているだけのはず。
問題は今どこで何をしているかだが……周囲の呪詛の支配に異常は感じられないし、空気の歪みと言ったものも観測できない。
となるとだ。
「下ね!」
「っ!?」
「「ヒヒィィン!」」
私が地面を一度蹴って大きく飛び上がる。
と同時に、私とアイムさん、その両方を巻き込むような位置取りで、地中から槍を振るいつつ馬ドラゴンが出現する。
その槍を私は難なく避け、アイムさんは……まるで最初からそこに居なかったかのように、宝箱の部分ごと消え去ってしまった。
恐らくだが、倒されたのではなく、被弾すると同時に闘技場の何処かへ転移するようなアイテム……いや、そういう罠を使ったのだろう。
「「ブビィ!?」」
「おー……流石はアイムさん」
そして私の認識が正しい事を示すように、馬ドラゴンの足元では爆竹が弾けるかのように、幾つもの小規模な爆発が発生。
馬ドラゴンは八本の足を忙しなく動かし、滑稽な動きと鳴き声を上げ、けれどその場から大きく逃げる事が出来ない状態になった。
「raelc『淀縛の邪眼・2』」
「「ブビビィィ!!」」
入ったはずの灼熱が効いていないのは気になるが、この状態を見逃す理由はない。
私は馬ドラゴンに向けて『淀縛の邪眼・2』を放ち、干渉力低下による更なる拘束と弱体化を試みる。
「「ブルルルルッ!」」
「む……またなの……」
だが、邪眼術を受けた馬ドラゴンはまたもやその姿を消してしまう。
先ほどと同じく周囲の呪詛に変化はないし、残滓の類はない。
「暗梟の竜呪と同じように隠れている? いえ、何か違う気がするわね」
こうして姿を隠す相手としてまず思い浮かぶのは暗梟の竜呪だ。
あちらは特定のタイミングや状態でしか攻撃が当たらなかった。
だが馬ドラゴンの消失は、暗梟の竜呪とは原理が違う気がする。
「『熱波の呪い』。本体が地中に隠れているのかしら……ね!」
私は無数の呪詛の剣を生成すると、闘技場の地中、ある程度の深さにまで刃が到達するように、剣の雨を降らせる。
アイムさんが何処に居るのか、何をしているのかは分からないが、アイムさんなら上手く対応してくれると思っているからこその攻撃である。
「変化なし。厄介ね」
だが、何も反応はなかった。
攻撃が当たっていないのか、この程度の攻撃ならば対処するまでもないのか……判断するには情報がどうにも足りない。
「「ブヒヒヒヒ……」」
「っ!?」
と、いつの間にか馬ドラゴンが地上を走っていた。
いつ現れたのかも分からない。
本当に唐突な出現だった。
何かしらの虚をつく能力は持っているとみてよさそうか。
そして現れた馬ドラゴンは最初のように槍を振りかぶりつつ、馬の頭からもドラゴンの頭からも黒い火球を吐き出した。
「対応を……遅い?」
だが、放たれた火球はとても遅かった。
馬ドラゴン自身が走るよりも明らかに遅く、けれど重力を無視してこちらに飛び続けている。
馬ドラゴンはそんな自身の炎の特性を理解しているからだろう。
自分の正面には撃たずに、側面や斜め方向に撃っている。
「遅いからこそ厄介な類ね。これは」
そして遅いからこそ厄介だった。
私の行く道、あるいは回避するための軌道を塞ぐように、炎がゆっくりと、密度を上げながら迫っている。
当たれば碌でもない目に合うのは確実。
だから、確実に避けなければいけない。
「「ブヒィン!」」
「っと」
私は素早くルートを見極めると、火球を避けるために動き出す。
すると、ルートが狭まる事で狙いやすくなった事を利用して、馬ドラゴンが大きく跳躍し、その頂点で槍を振り上げる。
私はそれを紙一重で避けると……。
「お返しよ」
「「ビギギイイィィン!?」」
反撃として馬ドラゴンの全身に向けて呪詛の剣の雨を浴びせかけつつ、火球が飛んでこない安全圏にまで移動する。
馬ドラゴンの姿は再び消えたが、やはり手ごたえはない。
なんというか、水やガスの類を切っているような気分である。
「うーん、核持ちなのはほぼ疑いようがないとは思うのだけど……」
いや、そうなのかもしれない。
核となる部分以外には攻撃が通用しない、ある種のスライムのような存在であると考えるのが適切なのかもだ。
そうなると、如何にして馬ドラゴンの核を見つけるかだが……さっきの広範囲攻撃に手ごたえがなかったことを思うと、明確に核がある場所を認識しないと、一切の攻撃が通用しないパターンもあり得そうか。
加えて複数の核もあるパターンも想定しておこう。
そういう性質の悪さを持っていても不思議ではない相手ではあるし。
「は?」
そんなことを思いつつ、相手の攻撃を警戒してゆっくりと空中を水平に移動していた私の動きが急に止まった。
まるで見えない糸か何かが絡みつくかのように、右腕が動かなくなっていた。
「「ヒヒーン!」」
「ちっ、気を抜きすぎたわね」
それはまるで蜘蛛の巣に虫がかかってしまったような状態……いや、まるでではなく、その状態そのものだった。
右腕が動かず、右腕が動かないから体全体も動かせず、その状態の私目掛けて馬ドラゴンが跳び掛かろうとする。
「でもちょうどいい囮でもあるのかしら?」
「「ビヒィ!?」」
そして、馬ドラゴンが跳び上がろうとした瞬間、馬ドラゴンの足元の地面が消失し、落ち、大量の水が落ちたような音が響く。
アイムさんの仕掛けた落とし穴だった。
だが、これで終わりではないだろう。
だから私は、自分の状況を正しく把握するべく、まずは自分の右腕をきちんと見る事にした。




