844:タルウィボンド・3-2
「単刀直入に言おう。『虹霓竜瞳の不老不死呪』タル。奴は全力で叩き潰せ。アレはある事すらも不快な代物だ」
「その気持ちだけはとてもよく分かるわ。でも、実際簡単に倒せるかどうかはまた別の話なのよね。不快だからと言って弱体化をさせたりはしないでしょう?」
「当然だ。それをしては試練の意味がないからな。」
「え、その、どういう流れ何ですか? これ」
私の予想通り、門の向こう側にはいつもの闘技場が広がっていた。
『悪創の偽神呪』と仮称裁定の偽神呪、邪火太夫、正確な名称不明の偽神呪が二人、既に観覧席に入っている。
で、私の隣にはいつの間にかI'mBoxさんがいつもの箱の姿で現れていた。
「今回の試練の相手は偽神呪たちにとっても不快な相手という事よ。どうしてそうなったかは黙秘で」
「ええぇ……なんですかそれ……」
どうやらアイムさんが今回のパートナーであるらしい。
アイムさんは宝箱の形状をした外殻とでも言うべき部分の中に、少女の姿をした本体が居ると言うトラップ使い。
完全に待ちかつ本体は隠れ潜むタイプなので、前線を張る事は不可能であると断じていい。
であるならば、今回の戦いでは私が前に出る他ないだろう。
「準備は必要か? ある程度は待ってやってもいいが」
「私は必要ないわね。アイムさんは?」
「私は……相手の性質が見えてこないと、有効な罠も分かりませんので、そういう意味では時間を貰っても仕方がないですね。ただ聞きたいことがあります」
さて、実を言えば今回の相手は既に出現している。
『悪創の偽神呪』が用意したであろう檻の中に、既にその姿が見えているのだ。
「いいだろう。私が話せる範囲で話そう。好きに聞け」
「では、聞きますが……アレ、本当に何なんですか?」
その姿は、簡単に言い表すならば、八本足の黒馬に跨った黒いドラゴン、と言うところだろうか。
より正確に言い表すならば、八本足の馬の後ろ一対の脚とドラゴンの後ろ脚が一体化するような形でくっついており、馬の背の中ほどからドラゴンが生えている、ケンタウロスの亜種のような姿になっている。
体高は3メートルほどで、馬に跨った人としては大きいかもしれないが、試練個体の竜呪としては小さめに思える。
両者の体表は黒く粘っこい液体のようなもので覆われているが、その液体の表面は常に動いているらしく、微妙に波立っている。
個別に見ていくなら、馬の足は『淀縛の邪眼・2』の強化の時に使った素材の影響を受けているのか、よく見ると蜘蛛のそれのように見える。
ドラゴンの方は左手に手綱のようなものを握り、右手には棒のようなものが握られていて、これらもまた黒い液体に覆われている。
後、このドラゴンの角はヤギや牛ではなく、途中で枝分かれしている事もあって鹿っぽい。
「卑しきものだ」
「卑しいものよ」
「いや、そういう答えを求めているわけじゃないんですけど……」
そして目は……馬もドラゴンも卑しい。
まるで宝石をそのまま目にしたように見えるのだが、そこから漏れ出る気配には卑しさしか感じない。
自分以外はどうでもよい、敢えて判断基準を求めるなら自分にとって有益か否か、その癖手に負えぬほど優秀ならば嫉妬し、真似を出来ないなら陰口を叩き、身勝手な怒りを振り回し、横槍を出して結果だけを掠め取ろうとする。
それで私は素晴らしいのだと心の底から自己を賛美し、他人を組み敷こうとするのだから、本当に汚らわしい。
『CNP』の世界に呪いが満ちる前の世界が何故滅びたかがよく分かるような存在だ。
「生憎だが、流石にこれ以上のヒントを出してやるわけにはいかない。諦めろ」
「……。分かりました」
「まあ、そうよね」
こうして会話をしている今でも、私とアイムさんどころか、観覧席の偽神呪たちにまでそういう目を向けているのだから、本当に悪い意味で恐れを知らない。
「では、そろそろ始めるとしよう」
「分かったわ」
「はい」
では、戦いを始めるとしよう。
「開始だ」
『悪創の偽神呪』が開始を告げると同時に、馬ドラゴンを捕えていた檻が消え去る。
そして馬ドラゴンは前四本脚を地面から離し、大きく仰け反りながら、口を開く。
「「ヒヒイイィィン!!」」
「そっちもそう鳴くの!?」
「ドラゴンがそれでいいんですか!?」
馬の頭とドラゴンの頭、その両方が同じ鳴き声を上げるという形で。
ツッコミ待ちとしか言いようのない鳴き声に私もアイムさんも反応せずにはいられなかった。
「「ブルルルゥ!」」
そして、私たちが僅かに初動を遅らせている間に、馬ドラゴンは動き出す。
八本の足を巧みに使って駆け出すと共に、右手に持った棒の先端に鋭利な突起物を生成、槍のようにした上で、こちらに猛スピードかつ左右へのステップを織り交ぜつつ迫ってくる。
「タルさん。私は私でどうにかしますので、タルさんはご自身の事にだけ専念してください」
「分かったわ」
アイムさん個人の戦闘能力がどの程度かは分からない。
だが、本人がこう言うなら、信じるとしよう。
私は呪詛の星を生成しつつ、しっかりと馬ドラゴンの動きと姿を捉える。
「ezeerf『灼熱の邪眼・3』」
「「ブルゥ……ヒヒーン!?」」
そして私の『灼熱の邪眼・3』が馬部分の胴体に直撃し、馬ドラゴンの全身を覆い隠すように炎が生じ、爆発。
「む……」
爆炎が晴れた後には馬ドラゴンの姿はなかった。




