838:バブルホールD-3
「ゲボォ! ゴボォ! ガダァ!!」
ユリ科植物に操られていそうな毒竜の口から深緑色の炎が放たれる。
だが、その形状は先程まで戦っていた普通の毒竜たちが放っていた炎とは異なっていて球体だ。
また、炎の揺らめきもなんとなくだが遅く感じる。
「なんというか……とろみがあるわね」
「炎に対してとろみと言うのはどうなんでチュかねぇ……分かるでチュけど」
そうして放たれた火球は楽に避ける事が出来た。
けれど着弾点では火球がゆっくりと形を崩し、とろみのある液体を垂らしているかのように広がっていく。
しかも周囲に毒気を放ちながらだ。
なんとなくだが、ナパームの類に近い気もするし、この炎が消えるには相当の時間が必要そうだ。
「ガダグリィ……!?」
「鑑定っと……む」
「妙な反応をしたでチュね」
まあ、それはそれとして私は『鑑定のルーペ』を頭のユリ科植物に向ける。
すると毒竜は素早く体を動かし、首を引くと同時に翼を広げて、私に鑑定されることを拒んだ。
そして、代わりに毒竜の鑑定結果が表示された。
△△△△△
毒竜の死体
レベル:40
耐久度:97/100
干渉力:140
浸食率:100/100
異形度:10
毒の炎を操る竜の死体。
竜とはこの世ならざる者、かつて世界に存在したが、敗れ去ったものであり、今となっては伝承の中でしか語られない、忘れられた恐るべきものである。
だが、今この場にその亡骸が存在する以上、実在を疑う事はもう叶わない。
さあ、彼らが挑んだものに諸君らも挑むのか、それとも避けるのか、選ぶがいい。
正しく解体すれば、有益な素材を大量に得る事が出来るだろう。
▽▽▽▽▽
「あ、やっぱり上の植物が本体っぽいわね」
「いや、それどころじゃない鑑定結果が見えた気がするんでチュが!?」
「ガダグリィ!」
毒竜の死体が突っ込んでくる。
炎が自分の体に燃え移る事を一切気にしていないのは、毒竜が毒を完全無効化することもそうだが、あのユリ科植物にとっては操る体など幾らでも替えが効くものだからと言うのもありそうだ。
なんにせよ、突進程度の単純な攻撃ならば、避けるのは難しくないので、私もザリチュも普通に避ける。
「今は戦闘中だもの。優先は戦闘関係よ」
「それはまあ、そうなんでチュが」
「とは言え、カースではなくただの竜だからかしら? あり得ない動きとか、理不尽な挙動とか、気色悪い動作の類とか、光線のようなブレスとか、そう言う回避困難な攻撃はなさそうな感じね」
「ガアァァダグリィィ!」
続けて尾を振るい、爪を叩きつけようとするが、それらの攻撃も私たちは難なく避けていき、ザリチュに至っては反撃もしていく。
「うーん、武器だけでも更新するべきだったでチュかねぇ」
「かもしれないわねぇ」
「ゲボォ! ゴボォ! ガダァ!!」
再びのナパーム火球だが、こちらも空を飛べる私たちにとってはそこまでの問題にはならない。
むしろ問題はザリチュの攻撃が通用しないことと、ユリ科植物が私の事をあからさまに警戒していて、翼を利用することで徹底的に私の前に姿を現さないようにしている事か。
毒竜の死体へ攻撃してもユリ科植物に効果が及ぶか怪しいし、これは面倒くさい。
「とりあえず縛りましょうか。raelc『淀縛の邪眼・2』」
「!?」
まあ、試してみよう。
と言う訳で、伏呪付きの『淀縛の邪眼・2』を毒竜の死体に対して発動。
相手が死体であっても干渉力が低下すれば動きが鈍る事に変わりはなく、毒竜の死体の動きは明らかに遅くなる。
そして、動きが鈍くなっている間にユリ科植物を視界に収め、『鑑定のルーペ』を向ける。
△△△△△
寄生の片栗呪 レベル40
HP:???/???
有効:なし
耐性:毒、気絶、小人、巨人、乾燥、魅了、石化
▽▽▽▽▽
「片栗……片栗粉? ああそう言えば、あれって本来はユリ科植物であるカタクリの地下茎から作るんだったわね。となると本体と言うか重要部位は死体の中だったりするのかしら?」
「で、それを知ってどうするかが問題なんでチュが?」
「ガダグリィ!」
やはり敵の本体は植物の方だったらしい。
しかし、片栗粉か……そうなると、出来るだけ損傷を抑えて死体を回収したくなる。
火球のとろみのように色々なものにとろみを付けられそうだし、次の邪眼術の強化を何にするにしても有用そうな予感がする。
寄生と言う呪いが悪さをしないようにするのはそこまで難しくないだろうし。
「ザリチュにはとりあえず毒竜の死体の鱗を剥いでみてほしいわね。毒竜の死体そのものはもう一個回収してあるから、気にしなくていいわ。ytilitref『飢渇の邪眼・3』」
「……。分かったでチュ。優先順位が変わったみたいでチュし、やるだけやってみるでチュ……よっ!?」
「ガダァ!?」
干渉力低下と乾燥、二つの状態異常による弱体化が入れば、ザリチュの攻撃力でも毒竜の死体の鱗に刃が通せる。
そう判断して私は『飢渇の邪眼・3』を毒竜の死体に撃ち込み、すかさずザリチュが胴体の鱗を剥ぐように薄く剣を入れ、それほど広い範囲ではないが、鱗を雑に剥がす。
「ふむ、もう少し入れても大丈夫そうね。怪しいのは内臓かしら?」
「確かにそうっぽいでチュねぇ」
「グリィ、グリイイィィ……!?」
寄生の片栗呪は毒竜の死体と痛覚を共有しているのか、痛みを訴えるような鳴き声を上げている。
まあ、それはどうでもいいとして、鱗を剥がした後に見えたのは白っぽい脂の層であり、血は出なかった。
きっと死後それなりに経っているので、血は出ないようになっているのだろう。
そしてこの先に肉があり、骨があり、内臓があるのだろうが、死体を操って動いているのであれば、肉と骨はそのままで、内臓部分に多くの地下茎を収納しているというのが一番ありそうか。
うん、それではまずそこまで切り裂いてみよう。
「さあ、ドラゴン解体ショーと行きましょうか」
「でっチュねー」
「ガダグリィ!?」
相変わらず寄生の片栗呪が叫んでいるが、こちらとしては寄生の片栗呪が何か妙な攻撃を仕掛けてこない限りは、このままの方針でいいと思っている。
恨むなら、生きている時の毒竜との違いが吐き出す炎ぐらいにしかなく、死体を操るだけで耐性を付与できていない自分を恨むといい。
と言う訳で、ザリチュの剣が再び毒竜の死体に突き刺さった。