836:バブルホールD-1
「さて、久しぶりの『泡沫の大穴』ね」
「でチュねぇ」
私とザリチュは『泡沫の大穴』内にあった結界扉から外に出る。
そして広がったのは、前回訪れた時と変わらない毒々しい色合いの木々と、黒く尖った砂が敷き詰められた地面だった。
「で、改めて思うけど、やっぱり第五回イベントで発生させてしまった私の森そっくりではあるわね」
「でチュねぇ。よく観察してみると、色々と違うでチュけど」
「「「ーーー……!?」」」
私とザリチュは襲い掛かってくるカースたちを適当に追い払いつつ、改めて周囲の環境を確認していく。
うん、やはりよく似ている。
だが似ているだけで、違う部分もある。
具体的に言えば、気温、湿度、呪詛の霧の色と言った部分だ。
「あの森は『呪憲・瘴熱満ちる宇宙』の影響で出来たものなのよね。一応は」
「でチュね。けど、たるうぃがたるうぃを得たのは、此処に来た後でチュ。だからオリジナルと言う話なら、こっちの方が先になるはずでチュよ」
「そうね。その点は普通なら否定できないわ」
「普通なら……でチュか」
敵の襲撃が落ち着いたので、私たちは次の階層へと向かう事にする。
現在の階層では出てくる敵は普通のカースでしかなく、その程度のカースの素材では邪眼術の強化に使おうと思ってもサブ素材ぐらいにしか使えないからだ。
「そもそもの話として、『泡沫の大穴』はソロ専用ダンジョンあるいは呪限無であり、入ったプレイヤーの影響を受けて色々と変化する場所なのよね」
「それ、以前訪れた時にざりちゅが言ったことでチュアアアアアアアアァァァァッ!?」
「話の腰を折らない」
次の階層についたが……変化は特に見えない。
この分だと、もう数階は変化なしかもしれない。
まあ、ザリチュを抓りつつ、頭の中で考察を重ねつつ進むとしよう。
「えーと、で、そうそう。あの時点では『呪圏・薬壊れ毒と化す』だった。その後、強化されて名前が変わり『呪憲・瘴熱満ちる宇宙』になった。逆に言えば、初めて『泡沫の大穴』に来た時点で、萌芽はあったと思っていいと思うのよね」
「まあ、そうでチュね……」
「掲示板で情報を探る限り、『泡沫の大穴』の構造はレンガ造りの迷宮や鍾乳洞、草原などがあるようだけど、そのいずれもが探索している人物にとっては心当たりのある光景である。だったら、私の場合も同様と考えていいはずよ」
「それは納得でチュ」
出現するカースに変化はなし。
適当に打ち払っていく。
「最深部到達の報告は……真偽不明ね。そもそも、本当に最深部であっても、今の最深部でしかなさそうだし」
「最深部到達の報告……確かに上がっているでチュね。本当であっても、なんだか凄く浅そうな感じでチュが。いや、挙げた本人は凄く苦戦しました的な顔をしているんでチュけどね」
「でも、そのおかげで予測が立つわ」
「予測でチュか」
採取できるアイテムは……大したものはなさそうだ。
やはりもっと潜る必要があるだろう。
「『泡沫の大穴』は少しだけどプレイヤーの成長予測をしている可能性があると言う予測をね」
「成長予測……でチュか」
ただ、時間がかかるのは明白なので、だからこそ安定を取って急がない。
本音を言えば一気に底の方まで転移したいと思っているが、それをしようとすると形容しがたい色合いの水晶が出てくるし、それを無理やりに突破して転移するのはリスクを伴うからだ。
「まあ、言うほど凄いものではないわね。運営の計算で、順当に成長すればこうなるだろう、と言うのを利用しているだけだから」
「いや、十分凄いと思うんでチュが……」
それよりも重要なのは、この『泡沫の大穴』の仕組みの方である。
もしも私の予想通りであるならばだ。
「で、結局たるうぃは何を言いたいんでチュ?」
「結論を言うと、『泡沫の大穴』のその時点での最深部まで赴けば、今の私よりも一歩進んだ私が得るであろう力を基にした素材が手に入る可能性が高いわ」
「なるほどでチュ」
此処で私にとって必要な素材の最低限は手に入る、はずだ。
「ただし、それで手に入るのは運営が計算した普通に成長した私を基にした素材だから、必要なアレンジを加えないと残念な結果に終わる気がするのよねぇ」
「あ、なんかヤバい気がしてきたでチュ」
尤も、それだけでは未知が足りないので、追加の材料を加えるなり、加工法を考えるなりしないと、私にとっては満足がいかないものになるだろうけど。
「さて、この辺からは少し気合を入れないといけないかもしれないわね」
「……。そうみたいでチュね」
私たちが雑談をしつつ進んでいる間に周囲の空気が変わり始めていた。
気温が上昇し、湿度が下がり、呪詛の霧が三色から七色に変わってきている。
また、毒々しい色合いの木々も大きく太くなり、大型のモンスターでも隠れられそうになっている。
敵については最初の頃の方に毒噛みネズミに似たモンスターが居た気もするし、きっと下れば下るほど、最近私たちが遭遇した相手に近しいカースになっていくに違いない。
まあ、暗幕の梟呪のように心当たりのないカースが出てくる可能性もそれなりにあるようだが。
なんにせよだ。
「「「グルルルル……」」」
「うん、ドラゴンパラダイスね」
「まあ、そんな感じでチュよね」
私たちの場合、竜呪に属するモンスターが大量出現する可能性が高いという事である。
そして現に、私たちの前では木陰からファンタジー物でよく見かけるような普通のドラゴンの姿をした、体高5メートル程度の個体が三体現れるところだった。




