830:チャムパレス-2
「さて、まずはどういう施設があるかだけど……」
「看板は出ているわね。でも質を見るためにも、まずは入ってみるべきだと思うわ」
「それもそうね」
魅了の眼宮に入った私たちは、他のプレイヤーが居ない店の中で最も近い店に入ってみた。
「いらっしゃいませー……!?」
そこは長椅子と机が複数組置かれており、店番であろう妓狼の竜呪の前には商品棚とカウンターを兼ねた台がある。
棚の中身は和菓子で、店番の後ろには茶のための道具があるようだった。
どうやら此処は茶屋らしい。
うん、試しに茶と菓子を一組貰うとしよう。
「ろ、ろ、ろ……」
「「「?」」」
と、思ったが、どうしてか店番の妓狼の竜呪……邪火太夫に比べると幼く、清楚な雰囲気の漂う少女が私の方を見て酷く動揺していた。
何があったのだろうか?
「落ち着いてくださいネ。練習通りやれば大丈夫ですヨ」
「は、はいっ!」
そしてそんな少女を落ち着かせるように邪火太夫が声をかける。
実際に落ち着いたかは何とも言い難いところだが。
「あー、これはもしかして……」
「まあ、タル様の立場ってそういう事ですよね」
「考えてみれば当然の反応でチュよねぇ……」
「……」
まあ、私の楼主様と言う立場が影響しているのだろう。
言葉通りの意味なら、私はここ魅了の眼宮の主であり、彼女たちにとっては邪火太夫よりさらに上の主。
言うならば、王様が突然押し掛けたようなものなのかもしれない。
これは……呪いの調整による変装をすることも考慮するべきだろうか?
髪の毛と目の色がそのままなら、リアバレには繋がらないだろうし……いや駄目か、消せる呪いを消しても、見た目には大して差が出ない。
止めておこう。
「お待たせしました」
それはそれとして、今はまず茶と和菓子……栗羊羹のようなものを楽しむことにする。
なお、支払いはストラスさんがしてくれた。
普段のあれこれのお礼であり、経費で落とすから気にしなくていいとのこと。
まあ、値札を見た限り、そこまで高いものではないようである。
「これは美味しいわね。栗の風味、品があると同時に程よい甘さがあるわ」
「リアルでの銘菓にも勝るとも劣らない味ですね。これは凄いです」
「お茶もいいわね。香りも味も一級品と言っていいわ」
「ざりちゅは食べられないでチュが、それでも良いものだと伝わってくるでチュねぇ」
「満足いただけて嬉しいでス」
評価は……最上位と言ってもいいものだった。
そして、私たちの評価が嬉しかったのだろう、店番の少女の尻尾が僅かに揺れているのが見えた。
「あ、タル様。他の方々からの報告が入り始めていますけど、どうしますか?」
「んー、今はまだいいわ。大通りくらいは自分で一通り見てみたいから」
「分かりました。ではそのようにさせていただきます」
さて、そろそろ次の店に行くとしよう。
と言う訳で、改めて美味しかったと告げた上で、外に出る。
「なんというか、長い長いダンジョンの中に突然現れた街って感じね……」
「とんでもないでチュねぇ……」
「どちらかと言えば、ラストダンジョンにある店売り最強装備を扱う街だと思うわ。タル」
「ザリア様の例えのが妥当だと思います」
「ふふふ、楽しんでもらえて何よりでス」
で、それから暫く大通りを歩き、見物をする。
見える範囲で見た限り、一番多いのは食事処と言うか休憩場所のようなもの、それらの間に他の店……薬屋、解体屋、武器屋、防具屋、鍜治場と言った各種店や施設が入っているようだった。
そして今は武器屋で商品を見ているわけだが……当然のように竜呪装備が売られていた。
具体的な性能はこんな感じ。
△△△△△
鼠毒の竜呪の剣
レベル:40
耐久度:200/200
干渉力:135
浸食率:100/100
異形度:15
鼠毒の竜呪の素材を組み合わせ、鍛え上げ、一本の剣として作り上げた武器。
切り付けた相手に毒を与える以外に特別な仕掛けはなく、形状含めてシンプルな武器は使うものに多くを問わず、扱いやすい。
与ダメージ時:中確率で毒(30)を与える。
注意:この装備に触れたもののレベルが34以下の場合、耐性を無視して干渉力低下(100)を付与する。
▽▽▽▽▽
「でも、本当にいい剣ね。これは……私はもうこのレイピアがあるからサブウェポン止まりになってしまうけど、初めて『虹霓鏡宮の呪界』に来たようなプレイヤーなら、暫くはメインウェポンに出来ると思うわ」
ザリアが購入した剣を手に取り、刃の状態や重心を改めて確かめつつ、その良さを讃える。
実際、私の目から見ても素晴らしい剣だった。
見た目は飾りが一切ない極普通のロングソードだが、その性能は十分な耐久度と攻撃力を併せ持ち、素材の力を生かした毒の追加効果を持っていると言うもの。
ザリアの評価通り、十分実戦で用いる事が出来るだろう。
「でも何よりも凄いのは、これだけの性能を持ちつつもレベル制限以外にデメリットを持たないことだと思います。レベル34以下なんて、私たちにはあってないようなものですし」
そして、これだけの武器でありながら、デメリットは一切なしと言っても過言ではない。
素晴らしい武器なのは間違いないだろう。
「なるほど。素晴らしいのは分かったわ。で、ザリア、同格の武器を作れるプレイヤーはどれぐらい居るの?」
「……。評価基準が難しいわね」
が、素晴らしいのは分かっても、武器も何も自作していて、他のプレイヤーに作成関係で関わりを持たない私だと、具体的にどれぐらい凄いのかまでは分からない。
と言う訳でザリアに尋ね、答えてもらった。
で、ザリア曰くだ。
「同じ素材、同じデメリット、同じ価格と考えるなら、これより上の性能の武器を作れるプレイヤーは最前線組お抱えの生産専門のプレイヤーぐらいかしらね。同性能でいいなら、それなりには居ると思う。ただ、それを加味しても好きなタイミングで、DCだけで買えると言うのは大きいわ」
との事だった。
「なにより品揃えがヤバいでチュよねぇ。剣、槍、斧、そう言ったメジャーどころだけではないでチュ。鞭、鎌、爪と言ったマイナーな武器まで揃っているでチュからねぇ」
なお、この武器屋には他にも『虹霓鏡宮の呪界』に生息する竜呪の素材で作られた様々な種類の武器が売られている。
具体的には牛陽の竜呪の斧、兎黙の竜呪の刀、暗梟の竜呪の槍などで、どれもデメリットについては鼠毒の竜呪の剣と同じである。
「もう一つ言わせていただきますと、十分に親しくなり、素材を持ち込んでいただけるなら、オーダーメイドと言うのも可能ですヨ」
「「「……」」」
おまけに条件を満たせばオーダーメイドも可能とのこと。
「やっぱりラストダンジョンでは?」
「最果ての街でもいいのでは?」
「まあ、格が違うのは私でも分かるわ」
「たるうぃでも分かるってすごい話でチュね」
「ふふふ、褒めていただけて幸いでス」
うん、素人目に見ても凄いのはよく分かった。
まあ、私が利用するかと言われれば、それはまた別の話になってしまうのだけれど。