815:ダイアログ-3
『んー……』
さて、どう答えたものだろうか?
聖女ハルワはNPCであり、NPC相手であっても禁則事項か否かの判断はされるはず。
となると、答え方には相当に気を使う必要が出てくる。
だが、黙っていたり、嘘を吐いたりと言うのは、聖女ハルワとの好感度に影響が出るし、新たな未知を知る機会を失う事になるし、そもそも私は敵対的でない相手に嘘を吐くというのは好きではない。
『……。分かったわ。こうしましょう』
聖女ハルワが目を閉じる。
そして指を鳴らした。
「ここでなら、何を話しても問題はないわ」
「!?」
次の瞬間、私と聖女ハルワは白一色の部屋に居た。
窓も扉もない部屋はそれなのに明るく、私も聖女ハルワも豪勢な椅子に腰かけ、間には丸い天板で美しい意匠を持つテーブルが置かれている。
「何をって……」
「そのままの意味でございます。タル様。この場所ではあらゆる人物の発言に制限がかかっていません」
「ええ、そういう事よ」
「C7-096……」
テーブルの上に湯気を上げている紅茶が二つに、数種類のお茶請けが前兆なく準備される。
そして、私に紅茶の片方を勧めたのは整った容姿を持つ執事服の男性……C7-096だった。
で、C7-096の登場によって、この場所がどういう場所なのかを私は理解した。
「そう。ここは本来ならば、交信を司る大呪と運営が交渉を行うための場所なのね」
ここは特定の事実に気づいたものだけが来れる場所だ。
「あら、そこまで分かったの。流石はアンノウンね。誰よりも理解しがたい思考をしているだけの事はあるわ」
「タル様、ご明察お見事でございます。では、私はこれで。御用がありましたら、声をかけるか、意思を発してくだされば、応じさせていただきます」
C7-096の姿が消える。
後は私と聖女ハルワの二人で気が済むまで、と言う事だろう。
ちなみにだが、この部屋に飛ばされた時点でザリチュの姿はない。
「でもアンノウン。結論はそれでいいとしても、思考の経緯と何処で情報を得たのかについては教えてもらっていいかしら?」
「分かったわ」
さて、私が何処で不老不死の大呪について各種認識をしたのかか。
「そうね……とりあえずデンプレロの件で聖女ハルワと不老不死の大呪がほぼイコールで繋げられるのには気づいたわ。まあ、これはそっちが見せたことだけど」
「ええそうね。あの時に私は見せたわ。あの時はあそこでお終いだと私自身本気で思っていたから」
まず、デンプレロによるサクリベス滅亡。
あの件などで聖女ハルワと不老不死の大呪に繋がりがあることは確定した。
「そっちの関係性は私とザリチュの関係性に近いのかしら?」
「どちらかと言えば、アンノウンとザリチュ以外の身に着けている呪詛の方が近いと思うわ」
で、その関係性だが、今の言葉からして、どうやら聖女ハルワが生み出した呪いが不老不死の大呪であるらしい。
ただ、完全に分離しているわけでも、同一化しているのでもなく、部分的に同化している感じだろうか?
「で、不老不死の大呪が不老不死ではなく交信がその正体であるとアンノウンが考えた理由は?」
「一つはさっきまであちらでやっていた交渉の際にちょっとした呪いが見えたから」
「アムルとの視覚情報の交換かしら?」
「ええ、明らかにやり取りしている呪いの量に差があったわ」
聖女ハルワと聖女アムルは視覚の共有と言う呪いを持っている。
この呪いはどうやら、二人の視覚情報を呪いに変換、相手に飛ばして受信させることで、成り立っているらしい。
勿論、普通にしていたら、そのやり取りのための呪いが見えるようなことはない。
高度な秘匿通信の類であるからだ。
が、あの時あの場には、ネズミゴーレムと私の『呪憲・瘴熱満ちる宇宙』を混ぜ込んだ特別製とも言える眼球ゴーレムが居た。
そして、特別製眼球ゴーレムであれば、秘匿通信の中身は見えずとも、やりとりしている情報の量ぐらいは見える。
「なるほどね。私の方が明らかに少なかったのね」
「ええ、私とのやり取りで、聖女アムルに見せたくなかったものが色々とあるからだろうけど、明らかに差があったわ。そして、自分の体で常時発動している呪いを積極的に弄れるなら、そちらに関わる権能を持っていると考えるのが適当でしょう」
で、そんな視覚の共有だが、だいぶ前に聖女アムルとだけ会った時の会話から考えて、自分で見たいものだけを見せるような制御が効くようなものではなさそうだった。
しかし、聖女ハルワは制御が出来ている。
双子でそこまでの差がそう簡単に生じるとは考えづらいわけだし……まあ、そういう事が出来る呪いに関わりがあると考えるのが適切だろう。
そして、聖女ハルワと関わりがある呪いと言えば不老不死の大呪以外にはあり得ない。
だが、不老不死と通信内容の改竄や変化では離れすぎている、となれば、名称でしかない不老不死の方に嘘が含まれていると考えるのが妥当だろう。
「それで、一つと言った以上はまだあるのよね」
「ええ。と言うより、今のは私が確信を抱いた理由であり、こっちのが先ね」
「そう。それで内容は?」
しかしこれは補強であり、切欠や主軸と称すべきは今から言う方だ。
「私たちプレイヤーの死亡と復活のプロセスの違和感」
「……」
「私たちが死んだ時、風化によって体が塵に帰り、それから不老不死の呪いによってリスポーン地点で復活する。と言うのが一般的な認識だけど……本当に不老不死なら、そもそも死ぬこと自体がおかしいのよね。だから私たちのリスポーン自体は別のシステムを利用していると考えた方が妥当」
そう、不老不死と言う名称とリスポーンのシステムは微妙に名称が噛み合っていないのである。
「つまり、風化によって塵となった後、再誕によって肉体を再生し、転写によって精神を再生させているのよ、他のモンスターやカースたちと同じ……ではないけれど、ほぼ同じようにね」
「なるほどね。だとしたら不老不死の役目は?」
だがそれでもプレイヤーをプレイヤー足らしめるのは不老不死の呪いであれば、根本的な部分で関わりがあると言える。
故に私はこう結論をつける。
「繋ぎ役」
不老不死の大呪の正体は不老不死ではない。
「偽神呪と呼ばれる者たち、運営と称される者たち、プレイヤーと呼ばれる私たち、それらをこちらの世界に招き入れ、交渉し、繋ぎ止め、やり取りをする。故に相応しい名は不老不死ではなく、“交信”になる。と言う事よ」
一応ゲーム的に考えるならば、プレイヤーのデータを保存しているサーバーから、実際に運用しているサーバーへとデータを送る、あるいはその逆の役目を果たしているのが、不老不死改め交信の大呪と言えるかもしれない。
が、この言い方では少々どころではなくロマンが足りないだろう。
「本当に流石ね。アンノウン」
「お褒めにあずかり光栄だわ。『交信の大呪』ハルワ」
≪一部の呪術の名称が変更されました≫
そして私も聖女ハルワも微笑んだ。




