814:ダイアログ-2
『では、アンノウン。改めて確認するけれど、貴方の目的は自分の管理する呪限無を攻略するための戦力として、貴方の身内であるザリアたち以外の呪人を加えたい。そして、その選定を私に任せたい。そういう事ね』
『ええ、それで合っているわ』
私が求めていることについては、今聖女ハルワが言ったとおりである。
まあ、正確に言えば『虹霓鏡宮の呪界』奥地を攻略するためのメンバーが先々欲しいので、今の内から手を打っておきたいというものだが。
『虹霓鏡宮の呪界』奥地の攻略が本格化するのは、私の持つ13の邪眼が全て参の位階になり、全ての眼宮が解放されてからだろうけど。
『こちらのメリットとしては、第一に私が選定した呪人の戦闘能力などが大幅に増強されること。第二に竜呪と言う名称のカースたちから得られる素材の活用。第三にアンノウンの治める呪限無の安定化によるリスク軽減と言うところかしらね?』
『そうなるわね。特に第三のメリットについては大きいと思うわ。自分で作っておいて言うのもなんだけど、一部とは言え呪限無を長期間制御不能にしておくのは危険しかないと思うのよ』
『本当に自分で言う事ではないわよ。アンノウン……』
聖女ハルワの言ったメリットは正しい。
特に第三のメリット、呪限無の安定化はサクリベスにとっても重要事項だろう。
万が一にも竜呪が『ダマーヴァンド』の外にまで溢れ出し、暴れられるような状況が出来上がってしまえば、その被害が膨大なものになるのは誰の目にも明らかなのだから。
『まあいいわ。アンノウンの提案を受け入れるデメリットは……こちらの指示に従わない呪人が持つリスクの増大。単純な手間暇。竜呪素材の持つ危険性。その他諸々、と言うところかしらね』
『あー、そうなるかしらね?』
『おまけに私が選定すると言えば聞こえはいいけれど、実質的には私に丸投げよね?』
『……』
聖女ハルワが私を睨む。
いや、正確にはネズミゴーレムを睨んでいて、間にザリチュを介しつつ、その視線を私に届けているのだが……いや、本当に私自身を直接睨んでいるのかもしれない。
私が想像する聖女ハルワの本質はそういう方向だろうから、出来なくはないはずだ。
『馬鹿じゃないの? こちらのデメリットに対してメリットがまるで釣り合っていないし、管理者の分際で私に丸投げするし、竜呪素材は危険ばかりな上に適切な処置を施さないと呪限無の外にも持ち出せないじゃない。こんなので受け入れるとかあり得ないわよ。アンノウン、貴方と私の間には相応の付き合いはあるし、頼ってくれたこと自体は嬉しいけれど、今回のような集団の長として話し合うべき場面でそれを通用させる気はないわよ』
『あ、はい……でも竜呪素材は適切に使えば薬とかにも……』
『強大すぎるカースの素材から作った薬なんて、一般人にとっては極僅かでも毒になるという認識を持った上で言っているのかしら? 角や爪から作った武器や防具、装飾品の類も同様よ。要求される能力が私たちにとっては高すぎて、まともに扱えないの。また、竜呪の素材から作った諸々を得た呪人がこちらに牙を剥かない保証だって、私が選定をしても絶対ではないわ』
『はい……』
あ、これガチ叱りだ。
私は自然と背筋を伸ばし、正座をしていた。
そしてたぶんだが、聖女ハルワには今の私の姿がはっきり見えていると思う。
『そう言う訳だから、今回の件は断りたいのよ。本当はね』
『本当はね? 何があったのかしら?』
『……。本来ならばアンノウンの方が知っているべき案件だと思うわよ。これ』
『?』
駄目かと思ったのだが、どうやら何かあったらしい。
『『蜂蜜滴る琥珀の森』に住むカースに手を出そうと考えている者たちが複数居るわ。いえ、手を出そうというレベルではなく討伐を目論んでさえいるわね』
『それは……どうなの?』
『サクリベスとして歓迎できるかと言われたら微妙なところよ。まず、あのダンジョン自体の難易度や得られる素材を考えると、潰されるのは歓迎できない。そして、あの地に潜むカースの性格と性質まで考えるとね』
『まあ、そうよねぇ……』
ムミネウシンムに手を出そうとしているプレイヤーが居るのか。
それはまあ、居てもおかしくはないだろう。
最初期から出会うことが可能でありながら、未だに誰も討伐しておらず、まともに戦ったことすらないカースなのだから、挑みたいプレイヤーは居て当然とも言えるだろう。
『一番怖いのは中途半端に手を出してあのカースを怒らせ、ダンジョンの外にまで被害が及ぶ規模で暴れられることかしら』
『ええ、その通りよ。もしそうなれば、サクリベスが大きな被害を受けることは考えるまでもないわ』
『そして、挑むことを止められないのであれば……竜呪素材によって戦力を増強した上で挑ませ、確実に倒せるようにしたい、と言うところかしらね』
『正解。おかげでアンノウンの求めを断りたくても断れないのよ。不快なことにね』
しかし、竜呪素材無しでムミネウシンムに勝てるだけの準備を整えることが出来るかと言われれば……不可能ではないが、厳しいだろう。
出来たとしても、かなりの時間がかかるだろうし、今ムミネウシンムに挑もうとしているプレイヤーがそこまで待てるとは思えない。
『それじゃあ……』
『ええ、選定はさせてもらうわ。ただし』
『ただし?』
『丸投げはなしよ。アンノウン、貴方が管理者なのだから、せめて貴方の代理の者くらいは貴方が用意しなさい。でなければこの話は無しよ』
『あ、はい』
が、そのプレイヤーたちのおかげで、私の求めは受け入れてもらえそうだ。
うん、それならばムミネウシンムが確実に倒せるレベルになるまでは、きっちりこっちで育て上げられるように私も頑張るとしよう。
『さて、この件についてはこれでいいとして……』
で、話はこれで終わりだと思ったのだが……。
『アンノウン。貴方、見えているわね』
『……』
どうやらまだあるらしい。
私は聖女ハルワの言葉に曖昧な笑みを浮かべざるを得なかった。