801:5thナイトメア5thデイ・ドラゴン-5
「ああ……」
私は何をやったのか?
何故この攻撃で以って『幸福な造命呪』の敗北が確定するのか?
その答えは順序だてて説明すればわかりやすいだろうか?
まあ、後で説明を求められた時のために、整理しよう。
「なんて素晴らしい光景なのかしら……」
私が使った呪術は邪眼術、『暗闇の邪眼・3』、その効果は暗闇の状態異常を伴うダメージに加えて、攻撃を行った地点に漆黒にして虹色の炎を出現させて継続的にダメージを与える事。
呪法は乗せられるものを全て乗せただけだが、ここで説明が必要なのは『呪法・感染蔓』がこの世界中に広がった理由。
まあ、単純な話で、その前に放った黒い砂の球体、あれに一体のカースであると言う定義を付け加えておいただけで、だからこそこの世界全域にばら撒いたのだが。
なお、『幸福な造命呪』が最後の足掻きをこちらの攻撃前にしなかったら、『呪法・逆残心』は使わなかっただけである。
話を戻し、『竜息の呪い』によって放ったのはD5Ks3Ca-TsB-190917-003、このアイテムの効果を今回の状況に合わせて簡単に述べるなら……火に巻かれ、火の中に居る限り、私の邪眼術が照射され続ける、と言うものだ。
で、この世界には現在『瘴弦の奏基呪』による演奏が満ちており、この演奏にはダメージ効果が含まれている。
では、これらの効果を一まとめにすると?
この世界のどこに居ようとも漆黒にして虹色の炎とダメージを与える演奏からは逃れられず、ダメージを受け続ける限りは私の邪眼術が照射され続け、やがては息絶える、だ。
「ああ、世界は未知に満ちている! 思わず歌い踊りたくなってしまうようだわ!!」
そして現に『幸福な造命呪』は今にも倒れそうな状態になっている。
では折角なので、情動のままにネツミテを振るい、ステップを刻み、翅を動かし、腕を振り、手を尖らせ、体を回して、炎を指揮するよう、あるいは鼓舞するように踊りながら、その最後を見届けよう。
「こんな光景は現実では決して見られない、見せられない。今ここだけのもの」
毒に当たれば、全身を激痛が襲って泣き叫ぶことになる。
灼熱に当たれば、体が芯から焼け焦げて、傷が癒えなくなる。
気絶に当たれば、一瞬だけ全てを忘れる事が出来ると言う幸福の後に、絶望が襲い来る。
沈黙に当たれば、慈悲を乞う事も怨みを放つ事も叶わない。
出血に当たれば、体が弾け飛び、その場に秘めていたものたちが外に溢れ出る。
小人に当たれば、空と言う火の気が薄い場所が遠ざかって、絶望が深まる。
淀縛に当たれば、全身から力が抜け、腕を振り上げる事すら許されない。
恐怖に当たれば、心身が切り離されるが、蜘蛛の調べで目覚める時の苦痛は格別だろう。
飢渇に当たれば、体が乾き、全ての痛みがより深く届くようになる。
暗闇に当たれば、己の姿が今どうなっているかも分からぬままに熱せられる。
魅了に当たれば、一時の狂信によって全てを喜びに出来るだろうが、これもまた蜘蛛の調べで覚める。
石化に当たれば、己の身が己のものでなくなっていくと言う悍ましきものに触れることになる。
重石に当たれば、四肢を火の海に付け、首を垂れる以外には何も出来なくなる。
「さあ、歌いなさい。奏でなさい。踊りなさい。貴方たちにはこの地に踏み込んだ私以外のものがどうなるかを示す義務がある!」
『幸福な造命呪』が火の海の中で頭を抱え、暴れ回り、転げ回り、泣き叫び、燃え上がる。
『幸福な造命呪』の中に隠されていた意志ある人形たちが外に出され、『幸福な造命呪』と同じように、けれど『幸福な造命呪』よりも遥かに早く、そして『幸福な造命呪』に助けを求めながらその命を終えていく。
そして、この地の支配者が私であるためだろう、漆黒にして虹色の炎に私ではない呪いが炙られ、焦がされ、解されていく度に、私の中へと思いが流れ込んでくる。
『熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱いあついあついあついアツイアツイアツイ……』
『痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いいたいいたいいたいイタイイタイイタイ……』
『嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌いやだいやだいやだイヤダイヤイダイヤダ……』
『助けて! 助けて盟主様! 私たちを助けて! この地獄から救い上げて! 貴方なら、貴方なら私たちの国を、世界を、作り上げて……』
『何故だ、どうして、あり得ない、馬鹿な、信じられない、何処で、何時、間違え、私の民が、兄上はだから、崩れ、我が祖は……』
「ああ、ああっ、あああああっ! なんて甘美で愚かしい呪い。貴方たちの骨肉は骨肉にあらず、けれど貴方たちの魂は確かに魂である。だからこそ、貴方たちの死は確かに死であると認められる」
それはとても素晴らしい感覚だ。
私自身では決して味わえぬ感覚と言ってもいい。
自分が死ぬ瞬間と言う未知を正確に知れるだなんて、私は何と言う幸運に恵まれたのだろうか。
ああ、この幸福感をもっともっともっと掻き集めなければならないだろう。
その為にはもっと火勢を強める必要がある。
「義務を果たしたものに報いましょう! 虹霓の境に行き着いたものに礼を致しましょう! 全ての在らずに通じてしまいそうな身でも出来る限りの恩寵を授けましょう!!」
私はネツミテをタクトのように大きく動かす。
ネツミテの動きに合わせて、この世界と外の呪限無との境界が変形し、崩れ落ち、外なる黒が流れ込んでくる。
そして、外なる黒と言う燃料を得て、漆黒にして虹色の炎は更に燃え上がる、踊り狂う、歌い奏でて舞い上がる。
『幸福な造命呪』たちが炎に飲まれ、呪いに蝕まれ、目にも見えぬほどに細かく砕かれて、私の下に集っていく。
その光景はまるで私と言う指揮者に合わせるように、炎が鎮魂曲を奏でるかのようであり、世界の終焉と言うフィナーレに向けて盛り上がっていく。
「『幸福な造命呪』。貴方たちの路は確かに果てた。けれど、私の路は拓けた。故に貴方が在りし証は確かに記されたのです。この一時は、少なくとも私にとっては幸福に満ち溢れた一時でした……。御馳走様」
そうして『幸福な造命呪』ごと世界は燃え尽きて、私は深き呪いの海で、最後の一滴を嚥下した。
01/25誤字訂正