800:5thナイトメア5thデイ・ドラゴン-4
「ーーー……」
「ふむふむ……」
二色の炎と稲光の中から現れた『幸福な造命呪』が片膝をつく。
私が撃ち込んだ邪眼は、『毒の邪眼・3』が1、『灼熱の邪眼・3』が2、『気絶の邪眼・3』が2、『沈黙の邪眼・3』が1、『出血の邪眼・2』が1、『淀縛の邪眼・2』が1、『深淵の邪眼・3』が1、『飢渇の邪眼・3』が1、『暗闇の邪眼・3』が2、『重石の邪眼・2』が1。
要するに動作キーで発動できる10種類の邪眼をまとめて叩き込んだことになる。
効果は……どの邪眼も一応は入っているか。
まあ、今の私の干渉力で相手の耐性を抜けない方が問題なので当然の結果だが。
「まっ、そう来るわよね」
と、ここで『幸福な造命呪』の膝の片方から虹色の炎が射出され、私の方へと真っ直ぐに飛んできた。
発射と同時に『幸福な造命呪』にかかっている状態異常のスタック値が急速に失われている事を考えると、ズワムのブレスを元にした状態異常の回復兼カウンター攻撃の類だろう。
とは言え、距離がある状態で撃たれたならば回避は容易。
私は最低限の動作で攻撃を回避すると、次の攻撃の為に周囲の黒い砂へと干渉を始める。
「ぬおおおおぉぉぉぉっ!」
「へぇ、そういう仕込みもあるの」
状態異常の回復が完了した『幸福な造命呪』が突っ込んでくる。
ただし、両足の先から大量の空気を射出して体を浮かし、背中から爆炎を噴出する事による高速移動。
その姿はまるで水面間近で高速機動するロボットのようでもある。
「で、これに対処出来るのかしら?」
「この程度壁にも……」
対する私が生み出したのは、黒い砂を球体状にまとめ、高速で乱回転させつつ虹色の炎を纏うようにした上で、ちょっとした仕込みもした物体。
なお、その数は優に100を超えているし、この空間の全域に出現している。
そして、私はそのうちの一つを軽く小突いて、他の球体に当たるように飛ばした。
さて、高速乱回転をする物体同士が周囲にも同様の物体がある中で衝突したらどうなるでしょうか?
「っ!?」
答えは単純。
多重玉突き事故が発生し、発射者である私ですら予測不可能な軌道で以って、この空間全てを蹂躙する、だ。
で、その答え通りに『幸福な造命呪』には幾つもの球体が四方八方から襲来、一つ二つの内は弾けていたが、直ぐに対処しきれなくなり、掠り、直撃し、裂かれ、叩かれ、抉られ、炙られ、焼かれていく。
だがそれでも流石は『幸福な造命呪』と言うべきか、直ぐにその場に伏せ、自分の周囲に結界のような物を張り巡らせる事によって、被害を最小限に抑え込んだようだ。
「ぐっ、おっ……がはっ……」
「流石にこのレベルと頻度の攻撃なら、それなりに削れるようね」
ちなみに私自身は『熱波の呪い』によって当たり判定を持たせた呪詛をトラペゾヘドロン状に自身の周囲に展開する事で、飛んできた物体を『幸福な造命呪』の方に向かって超高速で再射出して防いだ。
「で、おおよそだけど、タエド、貴方の防御能力の範囲も読み取れたわ」
「っ!?」
「そういう訳だから、次のを阻止するか、凌ぐか、防ぐか、いずれにせよ対処を間違えたら、この戦いは私の勝利で終わると宣言させてもらうわ」
『幸福な造命呪』の動きはだいぶ鈍い。
そろそろ限界が近いのだろうか? あるいは攻撃のネタ切れ、タネ切れだろうか?
今の『幸福な造命呪』は宝物庫そのものを取り込んでいるので、まだ何かある可能性はある。
だが、向こうに出す気が無いのなら、こちらも『竜活の呪い』の制限時間と言う問題があるので、決着を優先させてもらうとしよう。
「ぬおおおおぉぉぉっ!! っうう!?」
「宣言しましょう。『幸福な造命呪』タエド・トナツスニ・ロ・エルトロット・デグノロルプ。この先貴方を喰らう口はない。理性ある者を裂く爪も、命あるものを妬む牙もない。他の想いによって変じる隙間もなく、新たな血肉を得る機会もなく、何処の記憶に残るかは私が選ぶ。誰と通じて永劫の無聊を慰めるかもまた同様。この世界は鉄紺の輝きに始まる虹色の黒炎の海に沈み、沈み、沈み……未観測へと還るのです」
『幸福な造命呪』が私の方へと向かおうとする。
だがそれよりも早く私が操る呪詛の鎖によって抑えられ、引き摺り倒され、大地に結び付けられる。
そして、私の『呪法・呪宣言』を伴う言葉と共に、この領域から『七つの大呪』の影響が限りなく薄れていき、呪詛の霧が赤、黒、紫ではなく虹色と化し、私の支配が確固たるものになっていく。
「展開せよ」
「ぐっ、こんな、こんなもの……!?」
『呪法・極彩円』発動。
私の体にある13の目と、この世界の各所にばらまいてあった眼球ゴーレムたちの周囲に鉄紺色の呪詛の円が出現し、青と黒の中間のような色の輝きが世界に満ちる。
「pmal、xul、nemul、alednac、blits、trebmal、tohp、hgielyar、nietsnie、thgil、elzzad……」
「かくなる上は!」
『呪法・方違詠唱』発動。
同時に『呪法・呪晶装填』、『呪法・感染蔓』、『呪法・破壊星』、『呪憲・瘴熱満ちる宇宙』も発動して、私の口の前に黒色と虹色が入り混じった呪詛の球体を出現させる。
また、動作キーによる『竜息の呪い』射出方法・3、射出物D5Ks3Ca-TsB-190917-003も発動。
黒色と虹色が入り混じった呪詛の球体は虹色の黒炎としか称しようのない奇妙な球体に変化した。
「死ねぇ! 我が祖よ!!」
『幸福な造命呪』の全身が巨大な砲塔と化し、磔刑の樹呪の槍が砲の中に装填。
私に向かって射出される。
最後の足掻きなのだろう。
込められている呪詛は膨大であり、複数の呪術による補助も入っている。
これが当たれば私でもただでは済まない事は明らかだ。
だが悲しいかな。
今の私にとっては“この程度”に分類できてしまう範疇でしかなく、機も完全に逃している。
「なっ……」
私の口の前から『竜息の呪い』に基づくブレスが放たれる。
そのブレスは磔刑の樹呪の槍を容易く飲み込み、補助する呪術ごと分解し、その呪いの全てを取り込んで、放たれた時よりも熱を増して『幸福な造命呪』へと向かっていく。
「『暗闇の邪眼・3』」
そして『幸福な造命呪』の体に火球が触れた瞬間、全ての目と眼球ゴーレムから鉄紺色の輝きが放たれる。
「ーーーーー……」
静寂が訪れる。
私は全ての目を閉ざし、暗闇の中で未来図を思い描き、全身で感じ取った。
そう、全身が燃え上がるような興奮と、そのような現象を引き起こす未知に対する恐怖を……燃え上がるような寒気を感じ取った。
「貴方のミチは果てた」
「!?」
そして私の目が開かれた瞬間。
『幸福な造命呪』を起点としてこの空間中に鉄紺色の蔓が伸び、漆黒でありながら虹色である炎が立ち上り……
世界は私と言う呪いで満たされた。
01/24誤字訂正