8:ドロップルール-1
「むう……」
袋を作るにあたって必要なものは何か。
それは目標とする袋がどんな形と大きさで、どんな用途で使うのかによって異なるものである。
しかし、どのような袋であっても、相応のサイズを有していて、他の物体を安全に包み込める、これは絶対に満たさなければいけない要素である。
「ケーブルの類が見つかったのはいいけど、流石にこれを編んで袋にすると言うのはやりたくないわね」
倒した毒噛みネズミが縄張りにしていた範囲のオフィスを探して、使い物になる状態で見つかったのは数本のケーブルのみだった。
長さは様々で、長い物は腹に巻いてまとめておける長さがあったが、短い物だと手首を二回りさせるくらいが限界、大部分は太ももや二の腕に巻ける程度の長さだったので、とりあえずそちらに巻いておく。
材質としては内部に銅と思しき金属線が入っていて、周りはビニールの被膜で覆われており、力を籠めれば簡単に曲がり、手を放してもその状態を保持する事が出来ると言う便利な物。
ただ、これを編んで袋にすると言うのは……材料が足りてもあまりやりたくはない、面倒くさすぎる。
「うーん、布の類が手に入れば手っ取り早いんだけど……」
私はオフィスを軽く見渡す。
しかし、カーテンの類は何処にも見当たらないし、剥がせそうな壁紙の類もない。
大きな布も当然存在しない。
オフィスの中で袋に使えそうな物など、毒噛みネズミの皮くらいである。
流石に机や本棚から袋を作るのは無理があるだろう。
後で天板くらいは剥がすかもしれないが。
「倒すか」
何にせよ、他に候補が無いならば、残された手段を取るしかない。
と言う訳で私はオフィスの中をうろつく毒噛みネズミを倒すことにした。
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「……」
そして私は毒噛みネズミを倒した。
初めの個体含めて3匹ほど。
「明らかに異常ね」
だが、どの毒噛みネズミも倒した直後に風化が始まって、残されたのは毒噛みネズミの前歯だけだった。
とりあえず手に入れた毒噛みネズミの前歯はケーブルで結んで、適当に提げておく。
「私のドロップ運が屑の可能性は考えないようにするとして……」
毒噛みネズミを倒すこと自体は難しくない。
毒噛みネズミの初撃を躱して、背中に跨り、左手に持った毒噛みネズミの前歯を突き刺して体の安定感を増したところで、後頭部にひたすら鉄筋付きコンクリ塊を振り下ろすだけだ。
これだけで、一方的に毒噛みネズミは倒す事が出来る。
「倒し方と言うのはちょっと違う気がするのよね」
倒した毒噛みネズミの前歯が無事だから毒噛みネズミの前歯が落ちる、と言うよりは、毒噛みネズミの前歯だけが残る条件を満たしているから残る、と言う気がする。
あの異様な風化現象に目を奪われているだけかもしれないが。
「この世界は呪いで満たされている……となると、あの異様な風化も何かしらの呪いの影響なのかしら?」
私は『CNP』の公式サイトとそこに記されていた設定を思い出す。
『CNP』の世界は呪いで満たされている。
呪いで満たされているために異形の者が闊歩し、呪詛によって汚染された道具でリスクを負いながら戦う。
「ん? 呪詛によって汚染された?」
私は疑問を覚えた。
毒噛みネズミと戦った感じとして、別にモンスターだからと言って特別な武器でなければ倒せないという感じではなかった。
勿論、中には特別な武器でなければ倒せないモンスターと言うのも居るかもしれないが、少なくとも毒噛みネズミはそうだとは思わなかった。
実のところ噛まれなければ、ただの大きいネズミでしか無いわけだし。
なのに、毒噛みネズミのような小物であっても、呪詛によって汚染された道具を使う事が前提となっているような気がした。
「汚染されていなければ……どうなる?」
呪詛と呪いは同等のものでいいとして。
呪いに満たされた世界で、呪いを含んでいない物体があったらどうなる?
水は高い場所から低い場所に流れる。
それと同様の事が呪いでも起きるとしたら?
「呪いが流れ込む。そして流れ込んだ呪いによってあの風化が起きるなら?」
毒噛みネズミの前歯は周囲の呪詛を利用して、傷つけたものに毒を注ぎ込める。
と言う事は、元から呪われているのだろう。
そして毒噛みネズミ自身も、モンスターになるような異形化が起きているのだから、これも呪われていると言える。
では、死んだ毒噛みネズミの体に呪いは?
モンスターになる呪いが体ではなく精神や魂に根差すものならば?
死んだ毒噛みネズミの体は前歯以外は呪いが空っぽな状態、そうでなくとも周囲の呪いを吸い込みやすい状態になっているのではないだろうか?
「全部妄想の可能性はあるけど……否定も出来ないわよね。現状だと」
可能性はあると思う。
そして、上手くいけば毒噛みネズミを構築する全てを手にする事も出来るだろう。
後の問題はどうやって毒噛みネズミの体を呪うかだが……。
「んー、毒殺?」
一番手っ取り早いのは毒噛みネズミの前歯によって生成された毒を流し込んで、毒噛みネズミを毒殺する事だろうか。
全身に毒が回れば、それはそのまま全身に呪いが回っているのと同じような事になるだろうし。
「ま、試してみましょうか」
私は鉄筋付きコンクリ塊をその場に置くと、毒噛みネズミの前歯を両手に持つ。
オフィスに見える毒噛みネズミの姿は残り一匹。
とは言え、別の部屋に繋がるであろう通路やドアは見えているので、探せばまだまだ居る事だろう。
なので、数については心配しなくてもいいはず。
「駄目なら生きたまま皮を剥ぐしかないかしらね。それはそれで、怨みを基にした呪いが溜まりそうだし、やる価値はありそう」
「ヂュ……」
私は笑みを浮かべながら毒噛みネズミへと近づいていく。
毒噛みネズミも私を認識して、攻撃の構えを取る。
「ヂュアアアァァァッ!」
毒噛みネズミが私に向かって、口を大きく開きながら飛び掛かってくる。
「よっと」
「ヂュアッ!?」
私はそれを前三度と同じように跳んで回避し、背中に跨ったところで毒噛みネズミの前歯を首筋へと突き立てる。
「さて、毒の効果は……」
敵のステータスは基本的に『鑑定のルーペ』を使わなければ分からない。
が、流石に状態異常がどの程度残っているのかについては戦略上分からないと話にならないからだろう。
毒噛みネズミの頭の上には深緑色の球が湧き出てくるエフェクトと、毒(10)と言う表示が出ている。
いや、あるいはこの表示が出るのまで含めて、毒噛みネズミの毒を流し込む呪いなのかもしれないが。
「ヂュアッ!」
「よっと」
毒噛みネズミが飛び掛かってきたので、私は机から机へと飛び移って攻撃を避けていく。
すると10秒ほど経ったところで毒噛みネズミの頭の上に出ている表示が毒(9)になる。
どうやら10秒につき1ずつ数字は減るらしい。
「では、HPの方は……」
続けて与えたダメージを確認するべく、私は『鑑定のルーペ』を向ける。
△△△△△
毒噛みネズミ レベル4
HP:1,277/1,480
状態異常:毒(9)
▽▽▽▽▽
「……」
「ヂュアアアッ……」
殆ど減っていない。
「重ね掛け必須ね。後、出血させて消費を多くするぐらいは考えた方がいいかも」
「ヂュアアッ!」
私が少々頬を引きつらせている間に次の毒ダメージが入った。
なので再度鑑定したが、与えたダメージはたったの9。
どうやら毒は数字分しかダメージを与えられないので、重ね掛け必須の状態異常であるらしい。
「せいっ! ふんっ! 抉り込むように!!」
「ヂュゴオッ!?」
私は三度、毒噛みネズミの前歯を首筋に突き立て、出来る限り深く刺し込む。
そして最後の一撃に至っては少し捻りを加えて、傷口を広くする。
「ヂ、ヂュアッ!」
「おっと」
毒噛みネズミはその場で転がるようにすることで、私を振り払った上に圧し潰そうとした。
組み合いになったら絶対に勝てないのは理解しているので、私は直ぐに足を離した上で羽ばたいて、天井近くにまで移動する。
「ヂ、ヂュ、ヂュア……」
毒噛みネズミの頭の上に表示されているのは毒(31)の文字。
そして、最後の傷口からは派手に血が噴き出し、空中に居る間から風化して塵に還っている。
『CNP』の仕様的に身体から離れた程度で消滅するとは思えないので、やはり何かしらの呪いが働いていると思った方がいい気がする。
「ちょっと見てみようかしら」
毒噛みネズミは恨めしそうに私の方を見ているが、私はもう数秒くらいなら攻撃できない高さで飛んでいられる。
なので私は毒噛みネズミから吹き出ている血に向けて『鑑定のルーペ』を使ってみる。
△△△△△
毒噛みネズミの血
レベル:1
耐久度:21/100
干渉力:100
浸食率:82/100
異形度:-
毒噛みネズミの血液。
▽▽▽▽▽
「耐久度が凄い勢いで減っていって、0になると消滅。異形度が無い。浸食率とやらは急上昇中。やっぱり呪われていないから、周囲の呪いを吸い込んで、風化すると見た方が良さそうね」
私が見ていた毒噛みネズミの血はそのまま耐久度が0になって塵に還り、鑑定不可能な状態になる。
このタイミングで私は机に着地。
そして飛び掛かってきた毒噛みネズミの攻撃を避けつつ、逃げ回る。
「ヂュグ……アッ……」
「ふぅ、ようやくね」
十数分後。
血が無くなった上に全身に毒が回った毒噛みネズミはその場に倒れる。
「よし、成功」
そして、死んだ毒噛みネズミの身体の大半は風化せず、そのまま残った。