799:5thナイトメア5thデイ・ドラゴン-3
「我が……モルモット……その言葉自体は受け入れましょう! 我が祖よ! だがしかし、鼠にも鼠なりの意地と言うものがあるのですよ!!」
「ふむ……」
真っ赤な炎の海の中で『幸福な造命呪』が右腕を振るう。
その動きに合わせて、最初の時と同じように飛翔体が発射され、私に迫ってくる。
だがこれは牽制。
追撃の一つ目は……地中か。
「その喉に食らいついてくれましょうぞ!!」
『幸福な造命呪』から直線的に飛翔体が迫る中、私が居る場所の真下の砂地から複数の物体が飛び出してくる。
何となくだが、造石の宿借呪の攻撃を思わせるものであり、たぶん距離が近づいたら爆発ぐらいはするだろう。
「これで終わりじゃないでしょう?」
私は素早く後退し、降下し、二つの攻撃から逃れる。
直線軌道の飛翔体も砂地からの射出物も私が近づくか、私が居た場所に達すると爆発したが、どちらも爆発の大半は進路上に向けてであり、直撃でないなら、今の私にとっては軽微なダメージの範疇であり、気にするような物ではない。
だから何かしらの本命があるとは思っていた。
「desufer si taefed」
『幸福な造命呪』は私の方へと近づいてきていた。
左手で磔刑の樹呪だった槍を握り、首からは小さな手を生やしていて、その手の指の一つは真っ直ぐに私へと向けられていた。
そして、『幸福な造命呪』の言葉と共にその姿が消え……
「はああああぁぁぁぁっ!!」
「!?」
次の瞬間には私の鎖骨の間にある目の前には丸太そのものにしか見えない槍の穂先が迫っていた。
間違いない、『転移の指輪呪』による呪術『短距離転移』だ。
「手応えは無い! だがしかしだ!」
槍が私の急所を貫き、大きな穴を穿つ。
傍目にはそう見えただろう。
だが、『虚像の呪い』が発動。
『幸福な造命呪』の攻撃は私には当たらなかった。
「この時間で場を整える事が出来る!」
問題は此処からだ。
これから3秒間、私は移動しか出来なくなり、『幸福な造命呪』は自由に事を為せる。
お互いに一度の戦闘で一回しか行えない手札を切ったにしては差があまりにも大きい。
『うわっ、今まで最大の笑みを浮かべやがったでチュ』
「っ!?」
だからこそ笑みを浮かべる。
『幸福な造命呪』が私を仕留めるべく如何なる策を仕掛け、準備を行い、攻撃をしてくるのか、そこには夥しい程の未知が含まれているのが明らかだからだ。
「我が祖よ! その油断こそが貴方を死に誘うのだと、今こそ私が証明して見せましょうぞ!!」
私から距離を取るように跳んだ『幸福な造命呪』の体から幾つもの物体が飛び出てくる。
飛び出てきたそれらは『瘴弦の奏基呪』の演奏によって間もなく焼かれるだろうが、それまでに己の役目を果たすのだろう。
現に飛び出してきた人形の一体は着地と同時に体が燃え上がるが、体が燃え尽きる前に自分の周囲に何かをばら撒き、燃え尽きると同時に元となった人形をその場に残す。
そして、その両方で以ってその場に強烈な呪いの塊……赤黒い三角錐に見えるそれを出現させた。
その矛先は考えるまでもなく私に向かって来ている。
「3……2……1……」
同様の手段で以って準備された呪いの塊の数は100を超え、上も地中も含めて、あらゆる方向に用意されている。
見た目だけならば、まるで夜空に無数の星々が瞬いているようである。
なるほど、これが全て直撃すれば、今の私でもただでは済まないだろう。
おまけに『幸福な造命呪』自身も磔刑の樹呪の槍を構えており、私に向かって駆け出している。
このままいけば、丁度『虚像の呪い』の効果が切れたタイミングで全ての攻撃が殺到する事だろう。
「死……なっ!?」
「惜しいわね。拘束が足りないわ」
とは言えだ。
私は『虚像の呪い』の効果が切れたタイミングで動き出す。
ネツミテと呪詛の槍によって『幸福な造命呪』の攻撃を逸らす。
尤も、私と『幸福な造命呪』では体格に大きな差があるので、逸らしたと言っても、それでも私の頭は半分ほど欠けているが、直撃しなければそれでいい。
その目算は正しく、磔刑の樹呪の槍の力と角が少なくなった事によって、私の体から大きく力が削がれていくが、『竜活の呪い』を発動中の私を相手にするには足りていない程度の拘束しか出来ていない。
私はまだまだ自由自在に動ける。
「そして私への理解も足りていないわ」
あらゆる方向から呪詛の塊が飛んでくる。
どの呪詛も濃密で、普通の人間ならば近づいただけでも命を奪われるような、強烈な呪術である。
これは私にだけ当たるように調整されたものであり、私がこの場から逃げても追いかけて来るだろう。
そんな物に対処する方法は極めてシンプルだ。
私を別に作ればいい。
「そん……な……馬鹿な……」
「ふふっ……」
そう、私は周囲の黒い砂に呪詛を流し、砂を固め、そうして出来た砂人形を私であると定義して、身代わりにした。
呪詛の塊が直撃した砂人形は呆気なく爆散するが、それでお終いだ。
この空間内でしか出来ない事ではあるが、私には呪いは届いていないのだから、何も問題はない。
「何を呆けているの? タエド?」
「!?」
そして、必殺であるはずの一撃がすかされたからだろう、『幸福な造命呪』は明らかに呆けていた。
だから一度だけ声を掛け……全力で殴りつける。
相手を吹き飛ばすと言う呪いを込められるだけ込めた拳で、宙を踏みしめ、全身の筋肉を生かし、『幸福な造命呪』の腹を殴りつけたのだ。
「ふふふ、結構吹き飛んだわねぇ」
「ーーーーー!?」
結果。
『幸福な造命呪』は数十メートルほど吹き飛んでいき、そこから更に何度も何度も転がって、ようやく動きを止める。
なるほど、私は物理攻撃を苦手としているのだが、今の状態なら単純な物理攻撃でも結構な理不尽を起こせるらしい。
「ま、まだだぁ!」
「でしょうねぇ。さて、この距離をどう詰めるのかしらね?」
だが、一番得意とするのは、やはり距離がある状態だろう。
私は体の再生を終えると、まだ諦めずに立ち上がる『幸福な造命呪』に向けて13の目を輝かせた。
そして『幸福な造命呪』の居る場所から二色の炎と稲光が立ち上った。




