798:5thナイトメア5thデイ・ドラゴン-2
「ぬおおおおぉぉぉぉ!!」
傷だらけの『幸福な造命呪』が、その傷を自然治癒の類によって癒しつつ私に殴りかかってくる。
鋭い爪や刃が生えた、太い腕による一撃が直撃すれば、普段の私ならばひとたまりもないだろう。
今の私ならば難なく耐えられそうな気はするが、愚直なだけの一撃に受けてやる価値はない。
「ただ殴るだけ?」
「っ!?」
だから私は黒砂混じりの呪詛の鎖を出現させると、『幸福な造命呪』の腕に絡ませて、その動きを止める。
流石は干渉度約500、こういう荒業も出来てしまうようだ。
「そんな訳があるわけないでしょう! 我が祖よ!!」
「でしょうねぇ」
『幸福な造命呪』の右手が変化した。
指が筒になり、掌に穴が開く。
そして、その全てから飛翔体が発射される。
銀の弾丸、何かの骨、文様の刻まれた石、人型の札を丸めたもの、十字の切れ込みが入った鉄塊、煌めく液体……なるほど、それぞれがそれぞれに必殺の可能性がある呪いを含んだ弾丸のようだ。
なので私は素直に羽ばたき、体一つ分飛び上がる事で、六つの飛翔体を回避する。
「今だ!」
「「「承知!!」」」
「へぇ……」
そうして飛び上がったと同時に『幸福な造命呪』の背後から13体の大小様々な人影が現れ、『幸福な造命呪』の体を足場に、あるいは羽ばたいて、私へと飛びかかる。
その手には何かしらの文様が刻まれた布が握られており、飛びかかる軌道は私の体の各部にある13の目に向かっている。
なるほど、邪眼封じの類か。
「それで?」
「「「!?」」」
未知ではあるが、受ける必要はない。
そう判断して、動作キーで『灼熱の邪眼・3』を発動。
私の1/16フィギュアや等身大フィギュアも混ざった13体の人形を虹色の業火で包み込んで、焼き払い、本来の姿に帰す。
「どうし……二段仕込みか」
「当然でしょう。我が祖よ」
だが、今の人形たちは私の攻撃で倒されるのまで想定内だったのだろう。
13体のフィギュアが本来の姿に戻ると同時に、それらが最後に居た場所から大量のワイヤーが出現、私の体を包み込み、僅かな光も通さない暗闇へと閉じ込める。
ワイヤーの出現時点から私の体が動かなくなった点からして、自身の死と言うコストと物理的な拘束に特化した効果によって、呪術を使えない相手の動きを短時間だが確実に止められるアイテムと言うところか。
次の私自身の邪眼術は早くて10秒後なので、なるほど確かに有効だ。
「この機会、決して逃さん!!」
そして、眼球ゴーレムを介して見える外では、『幸福な造命呪』が左手に奇妙な姿の槍を持って構えていた。
その槍は大きな木から直接削り出して作られたものであるらしく、金属的なパーツは一切なく、敢えて残らせた枝葉は目のようであり、果実は吊るされた人のようだった。
なるほど、磔刑の樹呪そのものを槍にした武器であるらしく、凄まじい怨念が……自らを刈った『幸福な造命呪』に対する呪いを基にしつつも、私への攻撃用に変換された呪詛が穂先には込められている。
『幸福な造命呪』はそんな槍を突き出しつつ、ワイヤーの繭の中に居る私へと向かってくる。
「チュラッハァ!」
「そう、磔刑の樹呪を刈って槍にしたの。彼の意志に反して」
後方から化身ゴーレムがズワムロンソを投擲。
投擲された剣は私の体ごとワイヤーの繭を切断し、私は切断によって生じた隙間から体を再生しつつ脱出を図る。
だが、その脱出先は『幸福な造命呪』の攻撃範囲の中。
磔刑の樹呪だった槍は、その軌道を持ち手の技量によって僅かに変えて、私の鎖骨の間にある目……『劣竜式呪詛構造体』を得たことによって生じた逆鱗とでも言うべき弱点へと向かってくる。
「悪いですかな? 我が祖よ」
「別に悪くはない。けれど所詮はその程度かと失望しただけよ」
時間にして一秒にも満たないはずだが、不思議とやり取りは出来る。
まあ、きっとある種の緊張状態や各種呪い、干渉力の向上などによる意識の加速のようなものだろう。
重要なのは、あり得ないぐらい速く口が動くと言う点であり、それを利用すればこういう事も出来る。
「捉え……っ!?」
「『気絶の邪眼・3』」
『幸福な造命呪』の背後に向かって稲光が伸びていく。
稲光が伸びていく先にあるのは、崩れ落ちつつある眼球ゴーレムの姿。
一瞬だけ『幸福な造命呪』の意識が飛び、それと同時に1メートル後方に向かって体が引き摺られていく。
「捉えた」
「ぬぐおおおぉぉぉっ!?」
そうして引きずられた先に待ち受けるのは、超高速で振動し、回転する、黒い砂混ざりの呪詛の円盤。
『幸福な造命呪』の背にその切っ先が触れ……『幸福な造命呪』は咄嗟に体を捻る事によって負傷を最低限に留め、自分から転がる事で私から距離を取る。
「あら残念」
「!?」
うん、距離が出来たのなら丁度いい。
と言う訳で、『噴毒の華塔呪』の一体が居る場所の砂を隆起させて、その先端を『幸福な造命呪』の頭上に持っていく。
で、重力に任せて落下させ、『幸福な造命呪』を圧し潰す。
「砂の塊とは言え、高さがキロメートル単位の物体を落とすと、流石に派手ねぇ」
『派手と言う次元で済むんでチュかねぇ……』
「化身ゴーレムは?」
『こんな天変地異の最中で生存していられるような性能は持ってないでチュよ。あ、『噴毒の華塔呪』の方は生きているでチュよ』
轟音と共に大量の砂が巻き上げられ、周囲一帯の物体を吹き飛ばし、引き裂き、熱し、穢す。
さて、相手が普通のカースならばこれで終わり、超大型ボスであっても相応のダメージを与えたとは思うのだが……うん、まだ生きている。
「ハァハァ……」
「製作者の分際で何を言っているのかと思われるかもしれないけど、自分で相手にしてみるとその面倒くささが良く分かるわねぇ」
砂嵐の中から現れた『幸福な造命呪』は傷ついてはいても生きていた。
それどころか致命傷の一つもなく、負った傷は少しずつ癒えてきており、この環境でも環境からの影響は受けていない。
再生に関してはそういうアイテムを身に着けているからでいいとして、致命傷を負っていないのと、環境からの影響を受けていない理由については、まあ、私がそういう風に心臓を作ったのだから当然か。
「タエド・トナツスニ・ロ・エルトロット・デグノロルプ。その言葉の意味を考えれば、今の状況は当然の結果だものね」
「ええ、ええ、そうですな。我が祖よ。我が祖は私の心臓をそのように作った。だから私はまだ生きている。その事には感謝いたしましょう。そして、その慢心こそが貴方の唯一にして最大の弱点である!」
『タエド・トナツスニ・ロ・エルトロット・デグノロルプ』……正確に述べるならば『htaed tnatsni ro erutrot degnolorp』。
これは『Prolonged torture or instant death』を逆さにしたものであり、和訳するならば、『長引く拷問または即死』となる。
だからこそ、その二つを否定する『幸福な造命呪』は一撃での死も、微かなダメージの積み重ねによる死も拒絶し、無効化する事が出来る。
つまり、ゲーム的に言うならば、『幸福な造命呪』を倒すためには、一定量のダメージを間断があるように加えていかなければいけないと言う事だ。
うん、実に面倒だ。
けれど面倒だからこそ。
「そう、だったらもう少し頑張ってくれるかしら? このままだと貴方は図体がデカいだけのモルモットよ?」
「!?」
色々と試すには都合が良い。
例えば、腕の動きに合わせて呪詛を動かし、叩きつけるような、シンプルで普段ならばほとんど意味の無いような行動がどんな結果をもたらすのか、とか。
私は眼下に生じた炎の海を見つつ、思わず笑みを浮かべた。
01/22誤字訂正