797:5thナイトメア5thデイ・ドラゴンZ-1
ザリア視点です
「さて、タルの援護に向かいましょうか」
「そうですね。ザリアさん」
「……。アイテムの回収を終えた以上、失うものはないな」
タルと別れた私たちは近くの拠点に戻る事に成功すると、無事に入手処理を終えた。
そして、これからどうするかと考えた時、私はタルの援護に向かう事に決めた。
タルの事なので援護など必要ないかもしれないが、しないよりはマシなはずだ。
「と言うかまあ、そもそも逃げ場がないんだけどな。いやぁ、何処の出口も完璧に樹で埋められてたな。はっはっはっ」
「「「……」」」
そう、しないよりはマシなはずだ。
私たちが生き残ると言う意味で。
タルが全力で暴れて無差別攻撃を行えば、私たちだって巻き込まれることになる。
私たちはプレイヤーで、不老不死の存在であり、死ぬようなダメージを受けてもセーフティーエリアに戻されるだけだが、好き好んで殺されたいわけではない。
だから、私たちが助かるためにも、タルに助力をして、タルが無茶をしない内に『幸福な造命呪』を撃破してしまった方がいい。
私たちはそう判断した。
先ほどから、まるで宝物庫全体が泣き喚くような音も聞こえているし。
「よし、行きましょう! こうなったら、出たところ勝負よ」
「そうですね。やれるだけの事をやりましょう!」
「……。命がある限りは守ろう」
「僕たちだって一般平均以上のプレイヤー、やれることはあるはず!」
「「「ヒャッハー!」」」
と言う訳で、私たちは途中で合流したプレイヤーたちも加えながら、宝物庫の奥へと向かっていく。
第三回イベントで一緒に戦ったプレイヤーたち、現『肩棘』メンバーたちも途中で合流し、私たちの勢力はそれなりに大きなものになっている。
「そうだなー。そう思うよなー。でもなー……」
「ブラクロ?」
そうして移動する中、歩調は変わらないが、ブラクロの口調の歯切れがどうにも悪い。
どうしたのだろうか?
「うんまあ、もう時間切れなんじゃないか?」
「は? ーーーーーっ!?」
直後、周囲から流れ続けていた、タルの操るゴーレム……確か『瘴弦の奏基呪』と呼ばれる個体の音楽が変調する。
美しくも悍ましい物から、荒々しく恐怖を煽るような物に。
同時に地面が……違う、周囲の木々と黒い砂が、何処かへと引きずり込まれて行き、それに引きずられるようにして宝物庫も破壊されていく。
「何が……起きて……!?」
「さあ……な!? あ、悪いけど各自頑張って生き残ってくれ!」
「ひでぶっ!?」
「あべしっ!?」
「たわらばっ!?」
周囲の地面が何処かへと引きずり込まれていく。
私も他のプレイヤーもそれに足を取られて、引き倒される、あるいは樹や砂に飲み込まれて挽き潰される。
ブラクロはいつもの軽い調子で、けれど真剣な顔つきと、軽快な身のこなしで何処かへと消え去っていく。
そんな中で私は運よくダメージも受けずに、何処かへと流されていく。
「ここ……は……」
やがて放り出されたのは……黒い砂の砂漠だった。
ところどころに毒々しい色合いの木が生えていたり、空に巨大な花のようなものが浮かんでいるのは見えたが、基本は砂漠だった。
空気は乾き切っているが虹色に揺らめいており、太陽は砂を激しく照らして熱し、吹きすさぶ風は砂を運んで触れたものを傷つけて乾かす。
「っう!?」
いや、それだけではない。
何処かからか聞こえて来た音楽に合わせるように体が燃え、蝕まれる。
体にまとわりつく熱気は殺意を帯びていて、私の体力を削り取っていっている。
下手人が誰かは明らかだが、無差別攻撃が始まっているのも明らかだ。
私は自分のHPを慌てて回復すると、人影が多くありそうな方に向かおうとする。
そして、足を止めた。
「は、ははは……いや、羽衣……それが出来るのは知っているけど……」
直後、燃え上がるような寒気がして、私は思わず足を止めていた。
そうして足を止めたおかげで私は助かった。
私が向かおうとした方向に太陽のような火球が落ちて、私が居る場所にまで衝撃波と熱波が襲い掛かってきた。
砂が吹き飛ばされ、私の体を傷つける。
やがて砂煙が止んで、私は見た、聞いた、感じた。
「タエド、まさかこの程度で終わりなんて言わないわよね? もしもこれで終わりだと言うのなら、私は貴方に対して失望の色を隠せないのだけれど」
はっきりと認識は出来ないが、人の姿をした何かが、たった一撃で全身が傷だらけになったタエドの眼前で浮いていた。
それは間違いなくタルだったが、私の知る姿から大きく変わっており、見ているだけで燃え上がるような寒気を覚えた。
「ごぼっ、げぼっ。終わりのはずが……あるわけないでしょう……我が祖よ! 我は我を選んだ者たちすべての命を! 仮初のものであれども命を背負っているのだ! その重さを考えれば我が我の意志で諦めるなどと言う不幸は断じて拒否するに決まっているでしょうに!!」
「でしょうねぇ」
声を聴くだけで恐怖で全身から力が抜けていくようであり、私は全身に気合と力を入れても立つのがやっとだった。
周囲から聞こえてくる音楽は絶望……違う、理解不能なものがこの場には溢れていると、虹色のような演奏で以って雄弁に語っている。
「だったら頑張って抗いなさい。つまらないから」
「ぬおおおおぉぉぉぉっ!!」
実力の桁が違いすぎる。
空気の一原子すら支配しているような存在に対して、私たちはあまりにも無力だった。
タルに殴りかかるタエドの勝ち目なんて欠片もないと、赤子でも分かるような状況だった。
そこでふと思ってしまった。
よく『魔王からは逃げられない』と言われるが、それは逆に言えば、魔王相手ならば『逃げる』と言う選択肢を選ぶことは出来るのだと。
本当に戦ってはいけない相手……私が理解できる範疇の言葉で表すならば邪神としか称しようのない相手との戦いになれば、そもそも『逃げる』と言う選択肢が消滅していて、『たたかう』しか選ばせてくれないのだと。
今、私の視界に映っているのは、本物の邪神とそんな邪神に挑んでしまった愚かな魔王の戦いの図だった。
そして呆然とする間に私の体は燃え上がり、この場から消え去った。