796:5thナイトメア5thデイ・ドラゴン-1
「あー、やってくれたわねぇ。見えない程に遠くからの砲撃とは……」
「まあ、たるうぃ対策としては妥当でチュよねぇ」
爆風で吹き飛ばされた私とザリチュは森の中で自分たちの状態を確認。
HPは少し待てば回復するし、状態異常の類はない。
表示されないタイプの状態異常も……呪詛支配の感覚的には何もなさそうだ。
どうやら純粋な物理攻撃だったようだ。
『結局のところ、我が勝利するためには我が祖をどうにかする他ないのだ。我の下に辿り着く事も叶わぬ有象無象など気にする価値もなし。我の下に辿り着けども、一合と耐えられぬ痴れ者も同様。我が父とそれに比肩する者たちならば相応の備えも必要になろうが、我が祖の脅威に比べれば、彼らすら誤差にせざるを得ないのだから』
「過分な評価どうも」
「過分……でチュかねぇ?」
では反撃をしよう。
とは言え、『幸福な造命呪』が持つゴーレムの制御権奪取能力と超遠距離攻撃に対する反射能力を考えると、私自身がそれなりに距離を詰める必要がある。
しかし、あの砲撃を連続して撃たれると、距離を詰めたくても詰められない。
となれば遮蔽物が必要か。
と言う訳で、私は森を弄り始め、『幸福な造命呪』が居るであろう位置と私の間に林を築いていく。
「む、弾かれた? ああなるほど。自分も弄れなくする代わりに、と言う事ね」
「なるほどでチュねぇ」
が、これ以上庭園を浸食する事が出来なくなっている。
どうやら宝物庫の領域の呪いにロックをかけて、呪憲による浸食が行えなくなったようだ。
このロックを解除するとなると……相応の呪いが必要そうだし、時間も必要か。
無理に突破しようとすると代償が酷そうだし、地道に接近しろと言う事か。
『舞台は整えました。来るならば何時でも来られるがいい。今の我の目は決して誤魔化せませんので、何時来られても全力での歓待をいたしましょう。我が祖が臆したならばそれでも結構。我が勝利は我が祖を葬り去るだけでなく、時が経ち、此度の悪夢が終わりを告げる事によってももたらされるのだから』
「言ってくれるじゃない」
「あ、ヤバいでチュ」
うん、だったらそれは断らせてもらおう。
『我らが望みは我が生き延びれば如何なる地、如何様な時でも為される。我、我が臣下、我が民が求める世界は我がある限り潰えぬ。我は『幸福な造命呪』タエド・トナツスニ・ロ・エルトロット・デグノロルプ。突然の死も長き長き苦しみも我にはない。我が存在理由は守護である。我が命は……!?』
「『竜活の呪い』」
『竜活の呪い』を凧形二十四面体の蛋白石を対価として発動。
ドゴストから私の全身へと呪詛が行き渡っていき、私の体を変化させていく。
翅が巨大化し、肌の一部を鱗が覆い、瞳孔が竜のものとなり、一対の角は三対となり、髪と爪が伸び、呼気に虹色の炎が混ざる。
私自身には分からないが、認識阻害も生じているだろう。
肝心のステータスの上昇率は+218%、つまり3倍超。
今の私の干渉力はイベント強化も合わさって、『化身』の消費を考えても、500近い数字になっているだろう。
HPと満腹度も相当増えている。
だが、私が本気を出すならば、まだ強化は終わっていない。
「ああ、感じ取ったのかしら? でもまだ終わりじゃないわ。『太陽の呪い』、『砂漠の呪い』、『虚像の呪い』、『熱波の呪い』、『抗体の呪い』」
砂漠の太陽すら柔らかな日差しに思えるような熱線が宝物庫中に降り注ぎ始める。
私の森すら飲み込むような勢いで黒く細やかな砂が溢れ出し、世界の全てを埋め尽くしていく。
私の体が僅かにブレ、輪郭が誰にも捉えられないようになっていく。
世界に満ちている呪詛が殺意を帯びて、触れているものを傷つけるようになっていく。
搦手など許さないと守りが固められていく。
「ザリチュ。無差別演奏開始」
「はいはい、分かったでチュよ」
『瘴弦の奏基呪』の演奏が耳にしたもの全てを呪い焼き尽くすものへと変化する。
『噴毒の華塔呪』のもたらす毒と渇きが降り注ぐ。
「で? 移動制限をかけて大丈夫なんでチュか?」
「何も問題はないわ。私の世界の広さを決めるのは私だもの」
『なんだ……これは……理不尽にもほどが!?』
世界が縮んでいく。
森が私の中へと帰っていき、引きずられるように宝物庫も縮んでいき、プレイヤーとNPCと人形たちを巻き込み、挽き潰しながら距離がなくなっていく。
そうして遥か彼方に居たはずの『幸福な造命呪』が私の視界に、私が生み出した砂漠の世界の中へと入ってくる。
何人かプレイヤーが居たり、森の回収に合わせて角が伸びたりしているが……まあいいか。
「御機嫌よう。『幸福な造命呪』タエド・トナツスニ・ロ・エルトロット・デグノロルプ。舞台を選ぶのは貴方ではなく私の権利よ」
「まあ、たるうぃ相手に消極的姿勢は駄目でチュよねぇ」
「馬鹿な……」
私は少しだけ飛び上がり、『幸福な造命呪』の頭より少しだけ上の高さから語り掛ける。
ところどころに毒々しい色合いの木が見える黒い砂漠に、体の一部が燃え上がっている『幸福な造命呪』が立っていて、唖然とした表情を浮かべている。
なお、『幸福な造命呪』の現在の姿だが、全身から角や爪、砲塔などの攻撃に用いる部位を生やすと同時に、鱗や甲殻で守りも固めていると言う、キメラのような姿になっている。
なるほど、ちゃんと出し惜しみなしの状態ではあったらしい。
そして今の私と同じように宝物庫との一体化もしているのだろう。
体の各部から、その気になれば内蔵されているインベントリから様々な物を出したり、それらを複製したりが出来るようだった。
きっとプレイヤーが回収出来ていないアイテムの多数が『幸福な造命呪』の中に収められているに違いない。
「で、悪いけれど時間もないから容赦なくいかせてもらうわ」
まあ、何を用いようが、全て上から叩き潰すが。
「ふんっ!」
「!?」
と言う訳で、とりあえず大量の呪詛を纏ったネツミテを振り下ろし、何人か居たプレイヤーごと『幸福な造命呪』を隕石のような巨大火球によって叩き潰した。
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