795:5thナイトメア5thデイ-11
「随分とあっさり着いたでチュね……」
「森同士を繋げてのショートカットもしていたから、こんな物よ」
「空間まで弄っていたんでチュか……」
「『ダマーヴァンド』でもやっていた事じゃない」
宝物庫内部にある庭園は、美しい花々を付ける木々、よく手入れされた奇麗な池、奇麗に刈り揃えられた芝生、花壇に植えられた花々に灌木、美しい装飾が施された柱に台座など、三日目に立ち入った時と同じように良く整えられた空間だった。
けれど、これまでの戦闘で結構な数の本来ならこの場にあるべき美術品が失われたのだろう、三日目の時よりも明らかに像の数が少なくなっているし、遠くの方からは戦闘音と思しき音が聞こえている。
そして、そこに私の『呪憲・瘴熱満ちる宇宙』の影響を受けた森が進出してきたことで、毒々しい色合いの木々で構成された林が出来上がったり、瑞々しい芝生が黒く乾いた砂に置き換えられるなどして、調和の取れた庭園は失われ、混沌とした戦場が広がりつつある。
「ん? あれは……」
「『噴毒の華塔呪』のようでチュね」
と、ここで私は庭園の上空に奇妙な影が生じている事に気づく。
森からの情報で正体は分かっていたが、念のために呪憲で空気をレンズにして、目視による詳細確認をした。
そうして見えたのは、天を衝くような高さにまで成長した『噴毒の華塔呪』の姿だった。
「大量生成された砂……だけじゃないわね」
「どれだけ高くなっても真上に見えるのはおかしいでチュからねぇ」
どうやら宝物庫に対する私の森の浸蝕がだいぶ進んでいる上に、私がショートカットの為に空間を歪めたこともあって、この辺りの空間がおかしくなってきているようだ。
世界が球の表面や平面状の大地にある形ではなく、球の内側にあるような形……『熱樹渇泥の呪界』と同じような状態になりつつある。
でなければ、13基の『噴毒の華塔呪』の先端がこちらを見下ろすように真上に存在しているのはおかしいだろう。
「まあ、私的には困る話じゃないわね」
「そう言うと思ったでチュ」
私が困る事はない。
と言う訳で、『噴毒の華塔呪』には上空から庭園内部に向けてビームを照射させ、毒と乾燥をばら撒かせる。
合わせて『瘴弦の奏基呪』の音楽も庭園内部に響かせ始めるが、こちらについては誤射を避けるために私自身の視界内に居る敵に限って撃ち込むことにする。
では奥へと進むとしよう。
「さて、タエドはどうするつもりなのかしらね?」
「どうするんでチュかねぇ……」
私が一度羽ばたき、その羽ばたきの分だけ前に進む。
すると、それに合わせて毒々しい色合いの木が芝生や周囲の造形物の表面を突き破って生じ、勢いよく成長し、森が広がる。
そして十分な高さにまで木が成長すると、木の周囲の地面が急速に乾いていき、毒々しい色合いの木々以外の全てを埋め尽くすように黒い砂が生じ、満たされ、溢れ、塗り潰していく。
最後に空気が乾き、熱を帯びて、庭園の一部が私の領域と化す。
「このまま行くと、いずれ宝物庫は私に埋め尽くされて、タエドは力尽きる以外の選択肢を選べなくなるわけで、それだと私がつまらないから、何かしらはして欲しいんだけど……まあ、聖女ハルワの依頼を考えるなら、何も出来ずに終わっても、それはそれでいいけど」
「期待はするべきではないと思うでチュ」
同様の浸食は宝物庫の内部でも、『宝物庫の悪夢-内苑』でも起きているはずであり、いずれ宝物庫はすべて私の手に落ちる事だろう。
そうなれば『幸福な造命呪』が何をしようとも、もう手遅れになるはずである。
それはつまらないので、何かしらは起きて欲しいのだが……。
「何かは起きたようね」
「みたいでチュね」
庭園の中心部に光の柱が立ち上った。
白く、見た目だけなら神々しいと思えなくもないが、少しでも目を凝らしてみれば、濃密な呪詛の塊であることは明らかである。
恐らくだが、『幸福な造命呪』が何かしたのだろう。
『悔しい。ああ、それ以上の言葉が見つからないな。だがそれも当然の事なのだろう』
「ん?」
「チュア?」
不意に『幸福な造命呪』の声が響き渡る。
姿は見えないし、声の出所も分からない。
どうやら残された宝物庫の領域全体が喋っているような状況のようだ。
『この呪いは愚か者共の死だけではなく、不老不死を有するだけの痴れ者共の死を、怨嗟を、負の想念を集めたもの。濃厚で濃密な呪いは道理を捻じ曲げ、本来あるべき法則に首を垂れさせる事すら可能であり、この地を地上に顕現させ、痴れ者たちの根源、不老不死の力の源、傲慢なる交信者を捻じ伏せる為に集められたものだった』
「……」
さて、向こうが勝手に喋ってくれているなら、敢えて何もせず、この場でただ聞くとしよう。
面白い情報が手に入るかもしれない。
『だがそれはもう叶わない。この地、我らが倉は我が祖の理不尽としか言いようがない理解が及ばぬ森に塗り潰されつつある。もう程なくして、この地は我が祖に埋め尽くされて、我らには滅びを待つ以外の選択肢は無くなってしまうだろう。こうなったのも全ては我が祖の力を見誤り、その対処を遅らせてしまった我の責任だろう。我は『幸福な造命呪』であり、その名に相応しき生を送り続けたが、それ故に目を曇らせてしまったに違いない』
「え、まさかとは思うけど諦める気? それだけは止めて欲しいんだけど」
「本当に理不尽でチュアアアァァァッ!?」
ザリチュを抓る。
『だが許してもらえるならば、我を最後の賭けに興じさせて欲しい。何時かそなた等を再び我が臣下、我が民として迎えるために、この賭けを許して欲しい。この地にある全ての呪いを、地上に出るための呪いを、我が師の教えの下に集めた地上に出た後の為の呪いを、全て我に集め、我が祖に打ち勝つための力とさせてもらいたい』
「ザリチュ」
「分かっているでチュよ」
私はネツミテを構えた上で、少しだけ下がる。
ザリチュは迎撃のための構えを取る。
『感謝する。さあ我が祖よ……貴方に勝たせていただく!』
「「!?」」
直後、『幸福な造命呪』が居ると思しき方向から何かが飛んできて、私もザリチュも爆風によって吹き飛ばされた。
01/19誤字訂正