792:5thナイトメア5thデイ-8
『チュアアアアァァァァッ!? なんでチュかこれ!?』
『閃光手榴弾の類でしょうね』
視界が白一色で埋め尽くされ、耳が聞こえなくなってザリチュが私の脳内へ直接語り掛けて来る声だけが聞こえてくる。
さて何が起きたのか?
ゼンゼが投じたのは、スタングレネードあるいは閃光手榴弾と呼ばれるようなものだろう。
純粋な科学と呪術を組み合わせた品ならば、その効果量は圧倒的であると同時に、対象の選別ぐらいは出来るかもしれない。
で、『幸福な造命呪』は恐らくだが、自身の内部収納の類に予備戦力として人形たちを入れていて、此処で投入してきたと言うところか。
つまり、状況の悪化を想定するならば、私とザリアたちだけが目潰しと聴覚障害を喰らっていて、予備戦力として投入された人形たちとゼンゼたちが協力してこちらに襲い掛かってきている状況と言う事になる。
と、此処までがおおよそ私の主観で一秒ほどの思考。
『眼球ゴーレムを出すわ』
『分かったでチュ』
私は即座にドゴストへ手を突っ込むと、中から複数体の眼球ゴーレムを取り出し、宙に向かって放り投げる。
ドゴストの外に出された眼球ゴーレムは直ぐにその役目を果たし始め、私へと周囲の状況を伝えてくる。
見えたのは……。
「ーーー!?」
「……」
ゼンゼは大鎌を構えてこちらへと攻撃を仕掛けようとしたが、目が見えないままに襲い掛かってきたブラクロに驚いている。
「「「……」」」
ザリアたちは素早く集合し、全方位防御をしつつ、状態異常の回復を急いでいる。
ちなみに、宝物庫側のプレイヤーと複製された人形たちも同様の状態である。
「……」
『幸福な造命呪』は何かしらの移動能力増強手段を利用しているらしい。
既に宝物庫の奥に繋がる通路に入っており、何かしらの足止めになるであろう円盤をばら撒きながら、移動している。
今から追うのはもう厳しそうだ。
「「「……」」」
で、『幸福な造命呪』が呼び出した三人分の人影だが、どうやら人形は人形でも複製されたものではなく、オリジナルの人形であったらしい。
見た目からして、明らかに出来が違う。
そして、三体の人形のモチーフと行動だが……。
「!?」
「ーーー!」
「……」
一体目はザリアそっくりの人形だった。
細剣を握り、素早くブラクロに接近すると、刺突を繰り出している。
が、どうやっているのか、ブラクロは目が見えない状態であるにも関わらず、ゼンゼとザリア人形、その両方からの攻撃をいなし、反撃をしている。
「……」
二体目は聖女ハルワそっくり……ではないか、聖女ハルワモチーフではあるが、作成者の願望が入っているのと聖女ハルワについての情報が足りていないせいで、違和感が酷い奴だ。
で、ハルワそっくり人形は『幸福な造命呪』が撤退していった通路の入り口に立ち、誰かへ祈りを捧げるようなポーズを取っている。
恐らくは何かしらの機能を発揮するための準備をしているのだろう。
「パンプアップ!」
三体目は……んんん、おかしいな、今の私はゼンゼの閃光手榴弾が爆発した際に生じた轟音で以って聴覚障害を受けており、音は聞こえない筈なのに何故か聞こえてしまった。
そして見えた姿はあの見事しか評しようのない筋肉像であり、アブドミナルアンドサイポーズと呼ばれるポーズを現在は取っている。
そうかー……『幸福な造命呪』は奴を呼んだのかー……いや、私対策と言う意味では下手な人形を寄越すよりははるかに良いのだろうけど……ええい! 弱気になるな! 前回と今では状況が違うのだから、何とかはなる!!
視界が戻るまで邪眼術も使えないけども!
「フロントラットスプレット!」
「ーーー!?」
筋肉像の姿が掻き消え、私の目の前に現れ、そのままのスピードでこちらに突っ込んでくる。
軌道は肘が私の顔面に直撃するコースだ。
それを眼球ゴーレムからの情報で読み取った私は咄嗟にネツミテを錫杖形態に変更、筋肉像の攻撃を吹き飛ばされつつも受け止める。
「バックダブルバイセップス!」
『させないでチュよ!』
別のポーズを取りつつ筋肉像がこちらに迫ってくる。
だが途中でザリチュが割り込み、移動を中断させる。
しかし、ザリチュは吹き飛ばされてしまった。
「サイドトライセップス!」
「……」
更に別のポーズを取った筋肉像が突っ込んできて、タックルの要領で攻撃を仕掛けてくる。
けれど、ザリチュが二撃目を凌いでいる間に体勢を整えていた私は、万全の状態で筋肉像の攻撃を受け止める事に成功する。
「ユア、ナイスバルク!!」
「!?」
そして、この三回の攻撃で何かしらの制限に引っかかったのか、あるいは何か思うところがあったのか、詳細は私には分からないが、筋肉像は私に一声かけると、ハルワそっくり人形の隣まで一瞬で移動して見せた上で、フロントリラックスポーズの姿勢を取る。
とりあえず凌げたらしい。
「……。戻ってきたわね」
「……。でチュね」
で、その頃には視覚障害と聴覚障害が収まってきた。
ブラクロがゼンゼとザリア人形の二体を相手にむしろ攻め込んでいると言うあり得ない光景が、私の目でも見えるようになると同時に剣劇の音を伴うようになる。
ザリアたちも復帰が始まっているようだ。
「じゃあ、仕掛けましょうか!」
「やるでチュよ! たるうぃ!」
私はとりあえず宝物庫の奥に向かって『呪憲・瘴熱満ちる宇宙』の範囲を広げるべく枝葉を勢い良く、螺旋状に伸ばしていく。
「させませんよ。タル」
しかし、通路に入るよりも前にハルワそっくり人形が目を開き、口を開き、そして一度その手を輝かせると同時に光り輝く液体によって、私が呪憲を利用して操る森を受け止め、退けた。
「ふうん、なるほどね……」
「本物には遠く及ばぬ紛い物の身なれども、主を追わせぬために貴方に抗う事ぐらいは出来るのです」
恐らくは私が最も苦手とするであろう氷結属性と浄化属性を込められるだけ込めた上で、液体の状態を保っているもの。
よく冷やされた聖水とでも称すのが一番正しいだろう物体を生成、操作する能力をハルワそっくり人形は持っていると言う事なのだろう。
「そう、だったら抗って見せなさいな。この人数を相手にね」
「私たちを躊躇いなく巻き込もうとしておいて言うセリフじゃないわよ。タル」
「タルさん、私たちがどかなかったらどうするつもりだったんですが……」
なお、呪憲の進路上に居たザリアたちは、呪憲の範囲が伸ばされると同時に前後へ飛んで緊急の回避をしており、既に私の近くにまで移動している。
そして私はザリアたちの非難するような視線を浴びつつも、ネツミテを構え直した。