790:5thナイトメア5thデイ-6
「あ、こうすると効率が良くなるみたいね」
「そう言うのがあるんでチュか」
「あるのよ。短期的には大差ないけど、積もれば結構な差があるわ」
私は宝物庫の奥に向けて枝葉を伸ばしていく。
だが一直線に伸ばすわけではない。
適切な軌道は螺旋だ。
「通路の床、壁、天井へ螺旋を描くように主となる幹を伸ばしていくの。で、幹の周囲にもう一つの螺旋を作って枝葉を伸ばす。こうするのが私の呪憲には合っているみたい」
「ふうん、まるで虹の螺旋と霓の螺旋でチュねぇ」
「まるでじゃなくて、そのままよ」
ザリチュの言った通り、私が『呪憲・瘴熱満ちる宇宙』の適用範囲を広げるべく枝葉を伸ばす軌道は虹の螺旋と霓の螺旋……もっと正確に言えば、その二つをそれぞれ単品にする前の二重螺旋そっくりである。
何故、この軌道が適切になるのかは分からない。
だが、何かはあるのだろう。
それはさておきだ。
「で、枝葉を伸ばしたのなら、その枝葉の力で以って周囲の呪いの支配権を奪い取り、自分の領域を広げていく」
「ふむふむでチュ」
次にイメージするのは瘴熱招く枝葉であり、そこに含まれている渇望の力で以って宝物庫の呪いを奪い取っていく。
そうして奪い取った呪いの大半は呪憲の維持に回されるが、一部は新たな枝葉と黒い砂の生成に用いられる。
また、呪いを奪い取るついでに寒さと湿度を奪い取っているのか、あるいは排除しているのか、この森特有の空気が生成されていく。
「黒い砂で満たされれば、そこはもう完全に私の領域。ザリチュ」
「あー、何となく分かるでチュね。眼球ゴーレムほどじゃないけど、何かが居るのは分かるでチュ」
黒い砂は固めればレンズになる。
私は私の森の中で起きている出来事を正確に把握できる。
これらの認識と、黒と言う色があらゆる光を吸収し、反射しないからこその色であると認識すれば、森の外にあるものも影くらいは見える。
で、この認識をザリチュの基本機能の応用で共有すればだ。
「じゃあ、燃やして」
「分かったでチュ」
『瘴弦の奏基呪』の演奏効果の対象に目の前の影を選んで、焼くぐらいの事は出来る。
うん、演奏が届いたらしく、複数あった影は踊り狂ったような動きを見せた後に、倒れて動かなくなった。
では、枝葉を伸ばして、森の栄養源にしてしまおう。
「って、当たり前のように燃やしてしまったでチュが、今のこっち側のプレイヤーだった可能性があるんじゃないでチュか?」
「……。あー、うん。はい、そうね。もう無差別でいいんじゃないかしら? ほら、時間切れとか、どうせ丸ごと吹き飛ばすから関係ないとか、そういう理屈で以って」
「いや、駄目でチュよ!? 駄目でチュからね!? たるうぃ!?」
あ、うん、ザリチュに言われてやらかした可能性に気づいた。
まあ、してしまった以上は仕方がない。
もしもこちら側だったなら、イベント後に名乗り出て欲しい。
そうすれば保証と言うか補填をしようと、未来の私は思ってくれるはずだが。
「……」
「……」
「やっちゃったぜ」
「星とかハートとか付きそうな笑顔で言っても許される事じゃないんでチュけどー!?」
なお、このやりとりをしている間にも、別の場所で森へと武器を構えつつ近づいてくる影があったので、そう言うのは燃やして養分にしている。
最初のと違って、こっちは敵意を見せているから大丈夫大丈夫、敵だと確信を持って言える。
「よし、前線に出ましょう。相手を目視すれば、間違いは起きないわ」
「そうでチュね……」
問題の解決手段はシンプルだ。
前線に出て、ちゃんと敵を見てからやればいい。
森の中を移動するように進めば、例の筋肉像に襲われても対処は可能であるはずだし、『幸福な造命呪』やゼンゼと色々とやり取りするにあたっても、対面の方が都合はいいはずだ。
と言う訳で、私とザリチュは移動を開始。
森の中を通って、宝物庫へと進んでいく。
「ーーーーー!」
「うーん、駄作ね」
「評価が酷いでチュね」
そうして宝物庫の中に入ると、枝葉を伸ばせていない通路から複製された人形たちが襲い掛かってくる。
だが、複製された人形は宝物庫の中でしか活動できない。
そして私の森は宝物庫の中とは判定されない。
よって、私の森に飲まれた時点で活動を停止し、森の栄養源として吸収されて消滅していく。
しかし、こうして襲い掛かってくる人形たちをちゃんと見ているとだ。
「酷くもなるわよ。カタログで見ていた時は悪くなかったし、庭園で見たオリジナルらしきものも悪くはなかったけど、数打ちの複製品は……何というか粗が多いのよ」
まあ、出来は良くない。
複製の影響なのか、私を模したフィギュアだと翅の動きに違和感があったり、ザリアのフィギュアだと髪のデザインが荒かったりしている。
複製でも出来が良いと言えるのは、例の筋肉像の複製品ぐらいだろうか?
アレは見た目ではオリジナルとの判別がつかない。
きっとオリジナルに込められている作者の熱量が違うからだろう。
「あ、特に酷いのは聖女ハルワの等身大人形ね。何というか、解釈違いを起こしているわ」
「うわっ、なんか面倒くさいヲタクみたいなことを言い出したでチュよ。この訳の分からない生物」
なお、私が判定する限り、特に酷いのは聖女ハルワの等身大人形である。
恐らくだが、作者が自分の願望と言うか欲望を混ぜ込んでいるのだろう。
体の各部位のサイズが本人と少し違うし、纏っている空気がおかしい。
まあ、聖女ハルワと『不老不死の大呪』に関係があるなんて普通のプレイヤーは知らないだろうから、仕方がないのだろうけど。
いや、今改めて考えてみると、そもそも不老不死の呪いと言うのは……
「ん?」
「どうしたでチュ?」
「こっちの方に何かの反応があるわね。行ってみましょうか」
と、ここで私は思考を打ち切った。
こう、私と関わりのある呪いの感じがあったのだ。
そして、その感覚に従って森を伸ばし、私は移動をしていく。
「何となくこっちの方かなと思って森を伸ばしてみたんだけど、正解だったようね」
「「!?」」
「来たわね」
やがて見えたのは複数の人影。
ザリア、ブラクロ、ロックオと言ったいつもの面々に、焦りの表情を浮かべるゼンゼと『幸福な造命呪』だった。
どうやらゼンゼが私に縁のある呪いを何処からか得ていて、劣竜角の効果でそれを感知していたらしい。
「さて、一昨日ぶりかしらね。ゼンゼ、タエド」
「タルはんか……」
「ぐっ、此処で我が祖とは……」
私はとりあえず笑顔で二人に声を掛け、それに合わせて部屋の半分ほどを森で埋め尽くした。
01/15誤字訂正