787:5thナイトメア5thデイZ-1
ザリア視点です
「ーーーーーーーーー!」
「「「!?」」」
身の毛がよだつ。
何処からともなく……いいえ、周囲の全てから響いて来たとてつもない声量の叫び声に、私は思わず足を止め、そんな反応を示してしまった。
けれど、私以外の面々の反応も似たような物だった。
「力が……入らな……」
「な、なんな……あ……」
「ぐっ……」
カゼノマやシロホワは腰が抜け、全身を震わせ、身動きもマトモに取れなくなっているようだった。
ロックオなどはそれでも何とか踏ん張っているようだが、それでも全身を強張らせてしまい、動きが止まっていた。
非常に拙い状況である。
こちらの状態異常対策が効果を発揮せず、ステータスに何の変化もない事から、こうして動けなくなっているのは状態異常ではなく、純粋な恐怖や驚きと言った、プレイヤー自身の心に由来するもの。
だからこそ立て直しには通常の状態異常よりも時間がかかるし、こうなった原因が何であれ、今私たちが戦っている敵はこのような隙を見逃してくれるような相手ではない。
このままでは全滅する事になってしまう。
そこまで思って私は敵の姿を見て、驚いた。
「な、なんや。いったい何があったんや……力が入らない……」
この場における難敵の一人、『鎌狐』に属するどころか、リーダー的な立場にあるであろうプレイヤー……ゼンゼは驚愕の表情を浮かべた状態で、身の丈ほどもある大鎌を杖のようにして体を支えていた。
「こんな、こんな事があり得るのか……。いや、現実に起きている以上あり得る事は認める他ない。だが誰だ。こんな事を事前の準備の一切をこちらに悟らせる事無く出来るようなものが居るわけが……いや、例え入念な準備が為されていたとしても、こんな短時間でする事など……我が祖だとしても出来る筈がない。これは完全に人が持ち得ていい力を超えているぞ!?」
この場におけるもう一人の難敵、『幸福な造命呪』タエド……えーと、トナツスニ・ロ・エルトロット・デグノロルプ……だったと思う、たぶん。
とにかく、タエドも驚き、こちらではない方を向いて、動きを止めていた。
そして、タエドの動きに合わせるように、他の人形たちも動きを止めてしまっていた。
「いやぁ、俺らが間に合わなかったなら何かやらかすのは知っていた。が、まさかここまでとはなぁ」
「!?」
そんな誰もが動きを止めている中で、一人だけ気楽な空気の言葉を口に出し、動きを止めた人形を頭から股に向かって一刀両断しているプレイヤーが居た。
全身が黒い毛皮に覆われた狼男、ブラクロだった。
「ぶ、ブラクロ……貴方……」
「あ、一応言っておくが、俺も詳しい事は知らないぞ。と言うか知る訳がない。ただ、少し前から遠くの方で空気の流れが変わっていたから、何かは起きるだろうなと思っていただけだ」
「そ、そう……」
ブラクロの言葉で誰の仕業かは分かった。
と言うより、冷静になって考えてみれば、こんな事が出来るプレイヤーが他に居る訳もなかった。
そう、タルだ。
タルが何かしらの大規模かつ凶悪な何かを宝物庫に仕掛けたのだ。
「詳しい事は知らんでも話せや! ブラクロはん!」
「と、言われてもなぁ……俺に分かるのは、空気の流れが変わったことと、例の森の空気が混ざり始めている事ぐらいだぞ」
少しずつ場が戻り始めていく。
そんな中で、場が凍り付いている間に十体以上の人形を切り捨てたブラクロに向けて、ゼンゼが尻尾も使って何本も小さな鎌を投げる。
これまでの戦闘からして、その鎌には実体がある物ない物、必中効果の類が付与されたもの、デバフや威力が鎌の一本一本ごとに違う厄介なものであるはず。
が、今のブラクロは勘が冴え渡っているらしく、幾つかの鎌だけを弾き飛ばすと、難なくゼンゼに接近、ゼンゼには避けられたが、ゼンゼの周囲に居た人形をまとめて切り捨てる。
「あり得ない! 我が祖と言えどもこのような力は持っていないはずだ! いや、そもそもこれほどの力を持ち合わせているならば、とうの昔に動き出し、我らを蹂躙していたはず。我が祖が未知を好む事は否定しないが、これまで動かなかった事は非合理的どころではないぞ!」
「いやだから、その辺の詳しい所は俺は知らないって」
タエドが腕から十数本の刃を生やした上に、肘の部分で紐だけを残す形で切り離し、フレイルのように振り回す。
が、その攻撃をブラクロは難なく避け、復帰したロックオが盾で受け止める事で、攻撃を終了させる。
で、タルが動かなかった理由は……まあ、そちらの方が、私たちが積極的に動く事になるので、より多くの未知を見れるからとか、そういう話なのだろう。
羽衣だし。
そして、教えてあげる義理もないので、このことは口に出さない。
「むしろ俺の方こそお前たちには聞きたいことがあるんだよな」
「聞きたいことだと?」
「なあ、タエド。お前はともかくとして、お前以外の人形は宝物庫の外ではどれぐらい生きていられるんだ?」
「っ!?」
ブラクロの質問にタエドの表情が変わる。
「ああ、その表情で十分だ。なるほど、だったらタルがやっているのは、お前たちにとっては致命的どころじゃないって事か。つまり……攻守交替の時間ってわけだ」
「ぐっ……黒の狼め……!?」
同時にブラクロは宝物庫の奥へと繋がる通路の前に立ち、まるでその奥にタエドたちが進むことを防ぐように剣を構える。
「勘が冴えてるブラクロはんと言い、タルはんと言い、厄介にもほどがあるやろ……」
「ええそうね。でもそれは敵だからよ」
「!?」
そして私はブラクロに注意を向け過ぎたゼンゼを背中から切りつけた。
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