786:5thナイトメア5thデイ-4
「時間ね」
『時間でチュね』
さて、時間は来た。
ザリアたちから『幸福な造命呪』たちの攻略が済んだと言う連絡は来ていない。
それどころか聞こえてくるのは、『幸福な造命呪』たちの抵抗が考えていた以上に厳しい事や、こちら側に紛れ込んでいた『鎌狐』による不和のばら撒きで連携が阻害されている事への悲鳴ばかりである。
ぶっちゃけ、戦況は良くないらしい。
まあ、それなら私が動いて、全てを蹂躙すればいいだけの事である。
「じゃあまずは『化身』」
「問題なく出来たでチュね」
私は『化身』を発動し、化身ゴーレムを生みだす。
ただし使用する砂はその辺の岩を削って作ったような適当なものではなく、私たちが居る森の地上を覆い尽くす黒く尖った砂だ。
そして、その砂で作られた化身ゴーレムは普段のものとは少し違っていた。
「問題なく出来たけど、鎧の端々や皮膚なんかが、やすりのようになっているわね」
「それはまあ、素材が素材だから仕方がないと思うでチュよ。それにざりちゅやたるうぃが困る事でもないでチュ」
まず身に着けているもの含め、全身の表面がやすりのようにざらついている。
この状態で他の生物に触れればそれだけでダメージになるだろう。
また、足裏も同様であるので、どういう角度と素材の足場であっても滑る事はないだろう。
そして、砂の能力はそのままなので、毒、灼熱、乾燥の付与能力もある事だろう。
「むしろ問題は……たぶんでチュが、このゴーレムだとたるうぃの外には出れないでチュね。出たらドロドロに溶けると思うでチュ」
「それはまあ、素材の性質上仕方がないわね。でも大丈夫よ。ザリチュがその件で困る事はないわ」
「そうなんでチュか」
「そうなんでチュよーふふふ」
ザリチュが私の前で体の調子を確かめるべく、飛んだり跳ねたり剣を振るったりしている。
で、正確な理屈は不明だが、砂のある場所から砂のある場所へと瞬間移動をしているような動きも私の目には入ってきている。
まあ、厳密には瞬間移動ではなく、砂の中を移動しているとか、体を構築している砂として指定しているものを変更しているとかだとは思う。
後、ほぼ間違いなくこの森の中限定の移動方法だろう。
この森≒私みたいなものだから出来る事だろう。
「さて、まずは逃げ道を塞ぎましょうか」
「あ、本気でえげつない事になるでチュね。これは……」
では、そろそろ動こう。
まずは掲示板に私が動き始めると言う書き込みをしておく。
『鎌狐』たちにも確実に伝わってしまうが、ゼンゼが何かをしても防げるような事をする気はないし、むしろ私への恐れで動きが鈍ってくれれば美味しいぐらいである。
その上で、呪憲の制御によって森を動かし始める。
「さあ、飲み込め。宝物庫が宝物庫でなくなると言う未知なる現象を私に見せろ」
「南無南無でチュ」
ただし、動かす方向は森の中ではなく、森の外に向けて。
森と外の境界線にあるものを人も物も人形も見境なく飲み込み、森の一部として、枝葉を根を幹を乾きを広げていく。
「ん? 広がる方向が……ああ、そういう事でチュか」
「言ったでしょう? まずは逃げ道を塞ぐ、と」
だが、無秩序に森を広げていくわけではない。
円が広がっていくような形ではなく、手を伸ばすように、まるでそういう生物であるかのように、紙にペンで線を引くように、何十本の直線と曲線を描きつつ森を広げていく。
「まずは一つ。切断完了」
そして『宝物庫の悪夢-外縁』と『宝物庫の悪夢-内苑』を繋ぐ場所にまで森を伸ばし、両者の間にあった空間を木の幹と根で一部の隙間なく埋め尽くして、物理的に通れなくする。
「二つ、三つ、四つ……」
「あ、掲示板が阿鼻叫喚になり始めたでチュ」
「知ったことじゃないわね」
で、物理的に通れなくしただけでは何かしらの転移手段持ちには抜けられてしまうので、該当部分の空間を弄って、空間の連続性を切断……までは実のところ出来ないので、とにかく距離を作っておく事で、並の転移では逃げられないようにする。
この光景を敢えて評すならば……『宝物庫の悪夢-内苑』と言う領域の表面を目の細かい網で埋め尽くした上で、二重三重に巻き付けているような物だろうか?
とりあえずこれで、『宝物庫の悪夢-内苑』から移動できるのは、更なる奥地である宝物庫の中だけとなった。
「では、宝物庫本体にかかりましょうか」
「そーでチュねー」
宝物庫本体に向けて森が四方から伸び始める。
すると宝物庫側からの抵抗だろうか?
森の浸食を阻むように強烈な冷気を伴った爆発が起きたり、浄化作用を持っているであろう水が浴びせかけられたり、目には見えない壁のようなものが生じたりする。
だが、前二つは精々一瞬の足止めにしかならず、最後の見えない壁も時間をかければ問題なく浸食して飲み込む事が出来る。
たぶんだが、前二つの術者はプレイヤーで、最後のは宝物庫自身の抵抗だろう。
「さあ頑張って抗いなさいな。その抗いを見るのもまた私の楽しみなのだから。ふふふっ、ふふふふふ、あはははは……」
「あ、完全にスイッチ入ったでチュ」
そう、宝物庫自身だ。
やはりこの世界の宝物庫はダンジョンそのものと言うタイプのカースであり、この悪夢の中心もまた宝物庫そのものなのだ。
だからこそ自分の中の空間を弄る程度の事は可能であり、呪憲を有さない身であっても私の足止め程度は出来る。
故に面白い。
私が愚直に正面から浸蝕し続けるのに対して、宝物庫は空間の連続性を断つ、空間を引き延ばす、空間を捻じ曲げると言った挙動で必死に抗っている。
手を変え、品を変え、私の森に抵抗しようとしている。
ああだが悲しいかな。
「でも残念。貴方一人が頑張っても、限界と言うものがあるのよねぇ……」
宝物庫に出来るのは足止めまでだ。
足止めしている間に私を討つものが宝物庫には居ない。
だから少しずつ森は宝物庫に近づいていく。
「捕まえた」
「ーーーーーーーーー!」
「そりゃあ泣きたくもなるでチュよねぇ……」
そして宝物庫本体に私の森が接触し、宝物庫全体が誰の耳にも聞こえるように絶叫した。