780:5thナイトメア4thデイ-11
「ふうん……」
さて、少々今更な話だが、私の『呪憲・瘴熱満ちる宇宙』の影響を受けて生じた森、この森を介した知覚には少々特徴がある。
森を介した知覚は、森の中で起きた出来事や、森に元からなかったものの位置を正確に把握する事は出来る。
だから今前線がそうであるように……ザリアが他のプレイヤーに飛ばしている指示や、レライエがどれぐらいの強さで弓を引いているか、と言った事柄は分かる。
しかし、過去にあったことや、森の外で起きている事……眼球ゴーレムの視界にも居ないゼンゼや『幸福な造命呪』が何をやっているのかは分からない。
「これはまた面白い呪術ね」
『そうなんでチュか?』
「ええそうよ。うん、実に面白いわ」
また、私の脳への負担を考えてか、あるいは人間の脳が元からそうであるからなのか、特にこれといった特徴がある行動をしていないものの行動は普通に流している。
例えて言うならば、私はスクランブル交差点全体を見渡している。
で、普通に歩いている人は、そこに居る事は分かっているが、顔の特徴や装備品までは認識出来ていない。
と言う感じだ。
まあ、走って交差点を渡っている人や、すれ違いざまに財布を掏る人、奇声を上げながら踊る人と言った、特徴的な行動をしている人物はどれだけ見づらい位置に居たとしても認識可能なので、先ほどの例えは正確ではないのだけど。
「私ね。アイムさんの動きや呪術は最後のザッハークの動きを一時的にとは言え抑え込んだ時にしか認識していないのよ」
『……。それは不思議な話でチュねぇ』
では本題。
ストラスさんから渡された映像は検証班の普通のプレイヤーが撮影したものだ。
そこにアイムさん……I'mBoxと言うプレイヤーが何をしていたかは映していない。
しかし、一切映していないからこそ、この映像が撮られていた間……『収蔵の劣竜呪』ザッハーク戦から、『傀儡の竜人呪』ザッハーク・イキイサンダ・タタロジマの動きを止めるまで間にアイムさんが何かをしていたと言うのを、逆説的に証明している。
で、私の記憶が確かなら、あの拘束までの間、アイムさんが変わった動きをしたような認識はないし、罠の類を仕掛けていた覚えもない。
つまり、アイムさんは私の記憶に残らないような動きしか、あの場面まではしていなかったことになる。
「でもこうなると……『禁忌・猫神への貢ぎ物』だったかしら。アレは結果的に拘束の効果をもたらしただけで、本質は全くの別物っぽいわね。効果も他の禁忌に比べると控えめだったように思えるし……」
なのに効果が極僅かな時間とは言えザッハークを完全拘束したというもの。
うん、おかしい。
ついでに言えば、アイムさんは罠使いであって、拘束使いではない。
禁忌と付いたにしては効果が控え目で、アイムさんは疲れ切った様子も見せていなかった。
アイムさんの戦闘スタイル、呪術の名称、生じた結果、これらを合わせていくと……。
「うん、敵には回したくない禁忌ね」
『え、何に気づいたんでチュか。たるうぃ……』
「あれだけの情報で、何かに気づくんですか。流石はタル様ですね……」
たぶん『禁忌・猫神への貢ぎ物』とアイムさんが発した時点で詰んでいるな。
恐らくだが、『禁忌・猫神への貢ぎ物』は多段式の呪術だ。
戦闘開始かアイムさんが意図したタイミングからかは分からないが、それまでにかかった罠の効果を生じさせず、『禁忌・猫神への貢ぎ物』の発音と共に一斉に発動させる。
基本的にはそういう呪術ではないかと思う。
なお、基本的にはと称したのは、認識阻害などの術者と対象者にしか分からないような何かが含まれている可能性を考えたからである。
まあ、何にせよ恐ろしい呪術だ。
なにせ、気が付いた時には既に詰んでいる可能性が高いのだから。
これならば、知っていれば潰せる可能性が十分にある他の禁忌と比較しても、遜色はないと言えるだろう。
さて、アイムさんについてはこれぐらいにしておくとしよう。
「後はブラクロの禁忌だけど……これは検証するだけ無駄ね」
『無駄なんでチュか?』
「無駄なんですか」
次にブラクロの『禁忌・陽呑』だが……こちらは割とシンプルなものだ。
条件を満たせば、相手の保有する一切の呪いの制御権を奪い、外からの干渉も許さず、確実に殺す。
ただこれだけだ。
『んー、発動条件とか、コストがどれぐらい重いとか、そういう点から考える事もあると思うんでチュが』
「そうねぇ……」
ザリチュの指摘は正しい。
だが、『禁忌・陽呑』の場合、発動条件は相手が瀕死とか十分に弱まっているとか、自分の剣を相手の体に付き刺し剣ごと消滅させるので剣がコストになるだろうとか、それぐらいしか読み取れないのだ。
「ーーーーー……」
「とりあえず私の禁忌と違って、発動後も普通に暴れられるのは確かね」
『そうみたいでチュね』
とりあえずブラクロ本人には殆ど負荷は無いのだろう。
今も遠くから元気な吠え声が聞こえてきているし、眼球ゴーレムには前線で暴れ回るブラクロの姿が映っているのだから。
「んー?」
『退き始めたでチュね』
と、眼球ゴーレムを介して見ている前線に動きがあった。
理由は分からないが、宝物庫側が引き揚げ始めているのだ。
十分な死者数を稼いだからなのか、こちらを森の外におびき出すのが目的なのか、宝物庫の方で何かがあったのか……とにかく退いているのは確かだ。
『今日は此処で切り上げでチュかね?』
「かもしれないわねぇ」
うーん、本当に宝物庫側の目的が読めない。
最悪、宝物庫ごと吹き飛ばして、何を企んでいても問題がないようにしてしまった方がいいかもしれないな、これは。
そんな事を考えつつ、私は森の木々を弄る事で、こちらに戻ってこようとするザリアたちの誘導を始めた。
01/04誤字訂正