774:5thナイトメア4thデイ-5
「「「……」」」
炎の中で人影が立ち上がったのを見て、私を含めた全員が戦いの構えを取る。
炎の揺らぎもあって相手の正確な容姿などは分からないが、誰もが油断なく構えている。
「たるうぃ」
「分かってるわ」
その中で『瘴弦の奏基呪』の演奏は続いているが、効果が出ているようには見えない。
つまり炎の中に居るのはザッハークの第二形態ではなく、全く別の何者か、と言う事である。
で、あの炎で炙られても問題ないと言う時点で、ザッハークよりも厄介な相手である可能性が高い。
「ノイツプッロク ヲ シニフ」
「おごっ!?」
「げほっ!?」
「がはっ!?」
「「「!?」」」
人影が動いた、いや、消えた。
人影を囲んでいたプレイヤーの内三人が吹き飛ばされ、その内二人は死に戻りした。
森を介した知覚も利用して私が追えたのはそこまでだった。
「ノイツプッロク ヲ シニフ」
「アオオォォン!」
「シィッ!」
次に知覚出来た時にはブラクロとスクナの二人が二方向から同時に襲い掛かる形で攻めかけていた。
相手は全身が黒い鱗に覆われ、竜の頭部、蝙蝠の翼、トカゲの尾、鈍色の刀を一本だけ持つ竜人だった。
そして私は俄かには信じがたいものを知覚する。
あの、ブラクロとスクナが二人がかりで攻めているのに、攻撃が相手の体に届かず、逆に押され始めていると言う姿であり、一撃、二撃、三撃までは耐えられても、四度目の攻撃で大きく吹き飛ばされ、盆地を囲う森の幹に両足を付けて着地したような姿と言うものだった。
「ノイツプッロク ヲ シニフ」
「くっ!?」
「な、なんだコイ……」
「強い!?」
スクナとブラクロの二人は直ぐに相手の下に再び向かおうとする。
だがその間に竜人が動き、近くに居るプレイヤーへと手あたり次第と言った様子で襲い掛かっていく。
攻撃された結果は襲われたプレイヤーの力量に大きく依存しているらしく、ロックオやライトローズさん、ライトリカブトと言った力量のあるプレイヤーなら二撃程度防いだところで吹き飛ばされる。
私が名前を知らない、けど実力はそれなりにありそうなプレイヤーなら一撃が限度で、吹き飛ばされる。
そして、相手の姿をマトモに認識出来ず、反応が追い付かない程度のプレイヤーならば一撃で切り捨てられて一瞬の時間稼ぎにすらならないようだった。
「いやー、とんでもない相手が出てきちゃったわね……」
『のんきに呟いている場合でチュか! たるうぃ!』
しかし、一撃でやられないのであれば、戦線の維持は不可能ではない。
スクナとブラクロの二人、それに二度ぐらいなら凌げるプレイヤーが代わる代わる竜人に挑みかかる事で、竜人の位置を固定する。
なお、ザリチュやマントデア、クカタチと言った面々も既に竜人へと挑みかかる面子に加わっている。
「まずは鑑定っと」
私は『鑑定のルーペ』を竜人に向けて使用する。
「む……鑑定不能ねぇ……」
『……。伝えるでチュ』
だが示された結果は鑑定不能と言うものだった。
さて、この結果をどう判断するべきか。
スクナとブラクロの二人を中心に代わる代わる挑む事で戦線を維持するのにも限度があるだろうし、素早く考察を済ませる必要がある。
かつて鑑定不能と表示されたものとして覚えがあるのは『鑑定のルーペ』同士でお互いに鑑定をしたパターンだろうか。
アレはたぶん仮称裁定の偽神呪の力同士である上に、仮称裁定の偽神呪が自分の情報を出す事を嫌がったが為の現象だろう。
しかし、あの竜人に仮称裁定の偽神呪が深く関わっているとは考えづらい。
「鑑定不能とか知ったものかよ!」
「斬れれば倒れる! 今はそれだけを考えていればいい!!」
「同感だ! この状況で何かを考えるのは俺らの役目じゃねぇ!!」
「……。守り切る!」
「でっチュよねー!!」
「ノイツプッロク ヲ シニフ」
また、『鑑定のルーペ』は他の偽神呪が関わっていそうな諸々の鑑定も出来ていた。
なので、他の偽神呪が関わっているから鑑定出来ないと言うのも考えづらい。
それから私の呪憲が関わっているならば、鑑定不能ではなく文字化け表示になるはず。
つまり、鑑定不能と言う裁定を敢えて下したと判断するべきであり、その正体を認識する事によって強化または弱体に繋がるようなギミックが存在している可能性が高い。
けれど普通の『鑑定のルーペ』では鑑定は出来ない。
「ザリチュ、イベントの強化で鑑定能力を強化したプレイヤーからの報告は?」
『そう言うのは入ってきてないでチュ。と言うかたるうぃ! 自分で探るでチュよ! 森の中なら全部把握出来ているんでチュから! ざりちゅの番でチュよ! 援護に合わせて……チュラッハァ!!』
「あー、はい。そうね」
鑑定を強化したプレイヤーは不在か、イベント効果で強化した程度では駄目と言う事か。
となると必要なのはゼンゼが持っていそうな鑑定用の呪術によって探る事だが、誰も竜人の正体は探れていない事からして、自前鑑定も並のものでは駄目だと言う事。
ゼンゼは森の何処にも居ないようだし、この場面で頼れるような相手でもない。
正体を知らずに倒す事は……先ほどから少しずつ遠距離攻撃が混ざり始め、竜人にダメージを与えているように見えるので、たぶん無理ではない。
「でも私としては正体を知りたくて仕方がないのよね」
私は笑みを浮かべると、右手に『鑑定のルーペ』を持ち、『呪憲・瘴熱満ちる宇宙』の制御を強める。
「だってスクナとブラクロの二人が押される程の近接戦闘が出来る存在なんて初めて見たし、ザッハークから出て来たザッハークではない未知なるものだもの」
呪憲によって『鑑定のルーペ』を侵食していく。
それはほぼ間違いなく仮称裁定の偽神呪に喧嘩を売る行為だと言える。
だが気になってしまったものは仕方がない。
「ふふふっ、さあて、どうなるかしらね?」
『鑑定のルーペ』が虹色の液体に変化して私の右手の甲の目に溶け込んでいく。
すると右手の甲の目の光彩の輝きが強まり、瞳孔は縦長の竜のものと化し、虹色の呪詛を帯びていく。
「さあ、未知を路として、秘匿されしものを明らかにしましょう。暴きましょう。切り開きましょう。虹霓の境を押し進めて、人の世界を広げましょう。貴方の秘密を否定しましょう」
極自然に言葉が漏れ出てくる。
「nwonknu」
「!?」
その瞬間、竜人が一瞬の硬直を見せた。
同時に私の脳裏に二つの名前が浮かんだ。
「『傀儡の竜人呪』ザッハーク・イキイサンダ・タタロジマ。それが貴方の今の名ね」
操られるものと、操るもの……『心動力式世界救済機構界境掘削竜』アジ・ダハーカの名前が。
2020年お疲れさまでした。
来年もまたよろしくお願いします。
良いお年を!
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