773:5thナイトメア4thデイ-4
「ふむ……」
ザッハークの三つの頭から放たれたのは、私の上半身ほどの大きさがある岩だった。
だが、ただの岩と侮る事は出来ない。
爆発を利用した速さで迫ってくる時点で直撃すればただでは済まないが、それに加えてあの岩もまたザッハークの一部である。
つまり、固形物で直接触れる形で防御してしまうと、その防御ごとザッハークになって、こちらに襲い掛かってくるのだ。
「えいやぁ!」
「ふんっ!」
「チュラッハァ!?」
「まあ、問題はないけど」
「「「なんだと!?」」」
が、その岩が私や『瘴弦の奏基呪』たちに届く事はなかった。
飛んでくる途上でクカタチがその液体の体で岩を横から殴りつけて軌道を逸らし、マントデアが雷を纏った腕で受け止めつつ大量の電撃で岩に含まれる呪いを破壊し、ザリチュがズワムロンソの呪詛の刃で岩を撃ち返したからだ。
そして、岩が止まった直後に『瘴弦の奏基呪』の演奏効果が発揮され、三つの岩とマントデアの皮膚が燃え上がり、ザッハークの攻撃は完全に無に帰した。
「タル! 大丈夫か!?」
「タルさん、手伝います!」
「たるうぃ、ざりちゅたちが守らなかったらどうするつもりだったんでチュか……」
「みんなありがとうね。あ、ザリチュ、二人が居る事が分かった上で動いていたから大丈夫よ」
マントデアの皮膚が燃えたのは、先ほどの岩と接触した時に、接触した部分がザッハークに汚染されたからだろう。
今も森の中で小ザッハークの攻撃を受けた直後に演奏が届き、体の一部が燃えているプレイヤーの存在を知覚出来ているので、大きくは間違っていないはずだ。
「マントデア。体の状態は?」
「焼いてもらえたから問題ない。この程度なら直ぐに治る。守りは任せておけ」
「じゃあお願いするわ」
一応本人にも確認。
問題なしなら良しとしよう。
「私も頑張りますからね」
「いや、クカタチはたぶん前線に行ってくれた方が……」
「砂が痛いから此処でお願いします!」
「ああなるほど……」
「森なのに砂漠のような環境でチュからねぇ」
クカタチについては……全身が液体なので、ザッハークに気兼ねなく触れ、攻撃できるという点では有利なのだが、この森の環境がクカタチにとってはよろしくない上に、ザッハークの周囲は砂ばかりなので、この場で私の援護に回るつもりのようだ。
「おのれぇ!」
「邪魔をするなぁ!」
「鬱陶しいわ!!」
「さて、私自身もそろそろ仕掛けましょうか。どんな状態異常耐性を持っていようが、まったく効かないのでなければ、無理やり通せばいいだけの話だもの」
「お姉ちゃんに連絡を入れておきます」
ザッハークは私への攻撃を試みようとしているが、ブラクロとスクナの二人を中心に立ち回る近接組の挑発と、遠距離組による絶え間ない猛攻によって、注意があちらこちらに逸れている。
では、ダメージを加速させるとしよう。
「宣言するわ。『収蔵の劣竜呪』ザッハークよ。貴方の施策によって飢え渇き苦しんだ民たちの怒りを見えざる輝きの槍によって撃ち込んであげる。さあ、激しく渇き、炎上し、呪いの一欠片まで燃え尽きるといいわ。ytilitref『飢渇の邪眼・3』」
「「「!?」」」
乗せられるだけの呪法を乗せた『飢渇の邪眼・3』がザッハークに撃ち込まれる。
「何も起きない? ははは! 不発か! 当然だ! 当然だとも!」
「そうだ! 我は竜ぞ! 竜の鱗と形あるもの全てを従えて飲み込む力が合わされば、我が身を貫けるものなどこの世にあるはずがない!!」
「だが我に矛を向けたことに変わりはない! 貴様の骨肉を噛み砕き! 従え! 我が身の一部とする事でこの留飲を下げさせてもらおうか!!」
「哀れね……」
私は13の目を閉じ、背中を向け、あきれ果てたような姿を見せる。
効果がない?
当然だ。
『呪法・逆残心』の都合上、まだ効果は発揮されていないし、効果が発揮されても直ぐには結果が見えない邪眼術なのだから。
「「「は?」」」
「哀れと言ったのよ。呪いに首を垂れている事にも気づかない、文字通りの砂上の楼閣に座した愚かな皇帝様」
私は右手を頭上に掲げ、指の先を合わせる。
「花開け」
そして指を鳴らすと同時に目を開いた。
「「「!?」」」
「うげっ……」
「あー……」
「これは……」
直後、見えないが、しかし確かにそこにある濃密な呪詛がザッハークの体にまとわりつき、ザッハークの体を構築する固形物が砂に変わると同時に全身の力が失われていく。
それからザッハークの耳に『瘴弦の奏基呪』たちの音楽が届く。
さて、火炎属性と呪詛属性のダメージと、被ダメージ量を増やす乾燥の状態異常、そこに伏呪による追加の火炎属性ダメージが入ったらどうなるだろうか?
「「「ーーーーー!?」」」
「「「タアアアアァァァァァルゥ!!」」」
「やらかしやがったでチュウウウウゥゥゥ!!」
ザッハークが居る場所に太陽が立ち上った。
爆風に混じるようにザッハークが声にならない叫び声を上げ、プレイヤーの誰かが私の名前を叫ぶような悲鳴を上げ、ザリチュがやらかしたとか言い出したのでこれは抓っておく。
「まったく、この程度で何を言っているのやら」
「チュウゥゥ……いや、この程度で済ませていい話じゃないでチュよねぇ……」
炎は止まない。
『瘴弦の奏基呪』の演奏効果で火種が絶え間なく追加されているからだ。
炎が止む時は、ザッハークに付与された乾燥の状態異常が尽きるか、ザッハークの命が尽きるかのどちらかである。
「この程度よ。それにこれで終わる保証もないし」
「ええ、これを生き残るとか、それはそれで困るんでチュが……」
「と言うか、こういう規模の攻撃をやる時は前線に連絡が欲しいんだけど? タル」
「ザリアたちなら大丈夫だと信じていたわ!」
「いや、何人か巻き込まれたから……」
さて、爆風は流石に止んだ。
ザリアはこちらにやってきていているが、スクナとブラクロはザッハークの近くで警戒中。
うん、あの二人の反応からして、まだ終わりではないようだ。
「さて、そろそろ炎が落ち着いてきたわね」
「……。そうね」
「ううっ……酷い目にあった……」
「まったくだ……」
数分後、炎が落ち着き始める。
そして炎の中で一体の人影が立ち上がった。