772:5thナイトメア4thデイ-3
「さて到着したわね」
「到着……と、言えるんでチュかね? これ」
「到着よ。私たちの射程的には」
私たちはザッハークが閉じ込められている盆地から数十メートルほど離れた場所に着いた。
と言う訳で、盆地の中が窺えるように一本の樹を大きく成長させ、物見櫓のようにする。
「ほら、見えた。つまり到着よ」
「そうでチュねー」
さて、物見櫓にした樹の頂上はちょっとした広場のように平坦な場所にしてあるのだが、そこからはザッハークの姿が良く見える。
で、森を介してではなく、きちんと自分の目でザッハークを見た感想としては……まあ、削り切るのは中々に面倒くさそうだなとは思った。
「爆発した腕が復活しているわね。代わりに腹の脂肪が少し減った感じかしら」
「でチュね。ちょっとスマートになっているでチュ」
『収蔵の劣竜呪』ザッハークは固形物による攻撃は物理的なものも呪詛的なものも吸収してしまう。
そして、吸収した固形物によって体を構築しており、体を構築するのに余剰な分の固形物はまるで脂肪のように腹周りに蓄えている。
その為、ザッハークを倒しきるには、その全身をドロドロに溶かすような超高温を叩き込むか、電撃や浄化などによって体を構築している呪詛そのものを破壊するかして、貯蓄分を含めた全てを削り切る必要があると言う事になる。
「でもこれ、本当に面倒ねぇ。木や肉を燃やせば体積はだいぶ減るけど、灰については固形物だから吸収対象。氷は溶ければ水になるから問題はないけど、呪術で作った岩の塊は本来なら時間経過で消える筈なのに消えずに取り込まれる」
「小ざっはーくの方はどうなっているんでチュ?」
「そっちについては森の外含めてプレイヤーが逐一対応中ね。本体の入れ替えはなかったようだけど、小さいのが吸収した固形物は本体に転送されるみたい」
「本当に面倒でチュねぇ……」
どうやらザッハークの体を構成する固形物全てを液体または気体に変換しての討伐は現実的ではないようだ。
まあ、岩を溶かすような炎を長時間維持するなんて私には出来ない……うん、たぶん、出来ないので、ザッハークと言う呪いそのものをどうにかする方向で動くとしよう。
「とりあえず鑑定っと」
「あ、するんでチュか」
「一応ね」
私はザッハークに『鑑定のルーペ』を向け、鑑定をしてみる。
△△△△△
『収蔵の劣竜呪』ザッハーク レベル35
HP:???/???
有効:なし
耐性:毒、灼熱、悪臭、気絶、沈黙、即死、出血、小人、干渉力低下、恐怖、UI消失状態、乾燥、暗闇、魅了、石化、質量増大、重力増大
▽▽▽▽▽
「ペッ」
「気持ちは分かるでチュが、唾を吐き捨てるのはどうかと思うでチュよ……」
「いやだって、なによこのクソ耐性……」
ちなみに掲示板で確認したところ、私が使えない凍結や睡眠、疲労、混乱、雑音、与ダメージ低下、被ダメージ上昇、その他諸々、プレイヤーが現状使えるありとあらゆる状態異常に対してザッハークは高い耐性を有しているとの事。
おまけに状態異常をかけるのが難しいだけでなく、かかっても十数秒で解除されてしまうような回復速度も併せ持っているそうだ。
つまり状態異常をメインとしたプレイヤーは、ほぼ戦力外扱いになるらしい。
うん、私でなくても唾を吐き捨てたくなるような相手である。
「まあいいわ。ザリチュ。こうしてザッハーク本体を視界に捉えているなら、小さいのも含め、ザッハークだけを対象に演奏する事は可能よね」
「んー、可能でチュね。小ざっはーくは取り込んだ固形物を即座に本体へ転送しているでチュから、常に繋がっていると言えるはずでチュ」
「じゃあ頼むわ」
まあいい、状態異常が効かないなら、相応の手段で仕掛けるとしよう。
と言う訳で、ドゴストから『瘴弦の奏基呪』を13体、物見櫓の樹の上に出現させた。
そして即座に演奏開始。
選択した演奏効果は攻撃効果全種であり、対象はザッハークのみに限定する。
「「「ーーーーー!?」」」
「おっ、いい感じね。音の届く範囲に居るのは、小さいのも燃えているわ」
「上手くいって何よりでチュ」
戦意を高揚させるような、あるいは燃え上がらせるような音楽が奏で始められると直ぐに効果は表れた。
私たちの目の前に居るザッハーク本体が炎に包み込まれると同時に、森の各所で火の手が上がったのだ。
どうやら小ザッハークの体が燃えているようだ。
即座に活動停止とはいかない様だが……森を介して観察する限り、1分ほど聞かせ続ければ倒せそうだ。
「でも、森の中で火を起こして大丈夫なんでチュ? この森、かなり乾燥しているでチュよ」
「安心しなさい。私の森が炎と呪詛に弱いとかあり得ないから」
「それもそうでチュね」
プレイヤーたちの反応は……一瞬だけ演奏とその効果に一部のプレイヤーが驚いて動きを止めてしまったようだが、概ねは問題なしと。
後、怖いのはザッハーク本体がどう出て来るかだが……。
「この耳障りな音の出所は貴様かぁ!」
「羽虫の分際で我の身を煩わせるとは万死に値する!」
「生きては帰さんぞ! 死ねぇ!!」
「うーん、流石のヘイト稼ぎ。演奏ってやっぱりヤバいのね」
「そりゃあ、そうでチュよ……」
うん、三つの頭全てがこちらを向いている。
そして、三つの頭から爆発音と共に何かが私たちの居る場所に向かって射出された。
12/30誤字訂正




