768:5thナイトメア4thデイZ-2
ザリア視点です
「ふははははっ! 無駄だ! 無駄だぁ!」
「力が湧いてくる! 無尽蔵にだ!」
「これほどの力があれば、もはや我以外など必要がない!!」
「本当にザッハークではあるみたいですね」
「そうね」
今のザッハークの姿は遠目に見れば、黒い三つ首の竜だった。
けれど、戦場全体を見渡せる位置について、改めてザッハークの姿を確認するとただの竜でない事は一目でわかった。
「ああクソ、面倒くさいな、おい!」
「物理攻撃は控えろ! 効果がない!」
「呪術のみとか、どうしてこんな能力になった!」
「で、面倒な能力持ちではありそうね」
「まあ、このメンバーでまだ落とせていない訳ですからね……」
確かに三本の首、太い胴体、強靭な四肢、一対の翼、一本の尾を持った姿は竜のそれ。
しかし、体を構築しているのは、あの黒い卵のような木、石、金属、宝石、肉、骨、砂、ガラス、陶器など、ありとあらゆる固形物を原形を保つ程度にミキサーにかけて固めましたとしか言いようのない物であり、生物と言うよりは良く出来た彫刻か何かが動いているように見える。
そして、三本の首の先にあるのは竜の頭ではなく、王冠を被った人の頭を模すように作られた物体であり、先ほどのザッハークの言葉はその頭から発せられていたようだった。
「ザリアにシロホワか」
「マントデア。状況を知りたいんだけどいい?」
「いいぞ。正直、俺は相性が悪すぎて、殆ど手を出せないしな」
では、相手の姿の詳細が分かったところで現在の状況は?
見ている限りでは、ブラクロやスクナさんと言った面々は攻撃を控えており、ザッハークの挑発をしつつもゆっくりと後退している。
逆にライトリセンカ……『光華団』の遠距離攻撃担当のプレイヤーたちは、普段よりも明らかに攻撃のペースを上げていて、炎や氷、雷と言ったものを飛ばしている。
この光景には明らかな違和感を覚える。
「じゃあ最初に確認。ザッハークは物理的な攻撃を吸収する能力を持ってるの?」
「惜しい。攻撃関係なく物理的な実体を持っている固形物なら、なんでも吸収対象だ」
「え、何ですかそれ……」
「なるほど、それは厄介ね……」
違和感の原因は直ぐに分かった。
遠距離攻撃に矢や岩と言った物理的な実体を持つ物が一切含まれていないという点だ。
『CNP』では呪詛の霧による視界制限もあって、遠距離攻撃持ちは近接攻撃持ちよりは少ない。
その少ない遠距離攻撃持ちが飛ばすものによってさらに細分化されるので、弓矢による攻撃や、岩の類を飛ばす呪術の使い手となると相当に少ない。
けれど皆無ではないし、この規模の戦闘になると必ず姿は見かける。
なのに今は一切見ないのは異常であり、違和感を覚える原因になってもおかしくないものだった。
そして、そんな状況になるのは、ザッハークにそうなるような能力があるからと思っていたのだが……予想よりも厄介そうだ。
「おかげで呪術を利用しない単純な物理攻撃持ちは一切手が出せない。プレイヤーの体も吸収対象だから呪術を利用しない盾も役目を果たせない。それと地面の土を吸い上げて傷の補修に使っているらしく、攻撃しても攻撃しても削れている様子が見えない」
「ええっ……」
「それはまた厄介ね……」
ザッハークの能力の概要を話し終えたマントデアはその詳細も話し始める。
それによると、何かしらの呪術や呪いによって保護されていない物体が触れると、良くて耐久度やHPの減少、悪ければ触れた部分を中心にもげ、最悪丸ごと飲み込まれるとの事。
そして、物体を飲み込むほどにHPが回復すると共に体……特に胴体が肥大化していく。
注意事項として、プレイヤーの場合だと体を三割ほど飲み込まれるとHPが0になって即死し、死に戻り後に一時的にではあるが異形度が1減ると共に呪いが一つ奪われるらしい。
上位層であればあるほど、身に着けている品や習得している呪術は自分の呪いを前提としたものになっているので、この呪い奪いとでも言うべき呪いは非常に厄介なものと言えるだろう。
「これ、勝てるんですか? 正直、能力の内容を聞いているだけでも勝てる気がしないんですけど……」
「正直厳しいってのが何も出来ずに外から眺めている俺の意見だな……」
ザッハークが三つの頭で噛みつき、両前足の爪で薙ぎ払い、腹を地面に着けたまま、こちらの攻撃など気にした様子も見せずに悠然と前進する。
対するプレイヤーたちはザッハークの能力を受けないように気を付けつつ攻撃に対処しているが、固形物吸収とでも呼ぶべき能力の前に攻めあぐねている。
やはり厳しいのが実情か。
「タルへの連絡は? 後、誘導している先はタルの森でいいのよね?」
「タルへの連絡は付いていない。掲示板を見る限り、今は寝ているみたいだな。で、誘導している先については確かにそうだな。こっちはタルの森の木と砂なら、訳の分からない力のおかげでザッハークの吸収の対象外になるんじゃないかと言う期待からだな」
「えーと、それで駄目だったら?」
「その時はザッハークの巨体が入って浮くような湖でも何とか用意するしかないんじゃねえかなぁ……」
こういう時こそタルの邪眼術があるとありがたいのだけれど……寝ている以上は仕方がないか。
「なるほど、事情は分かったわ。シロホワ」
「そうですね。やれるだけの事はやりたいと思います」
「そうか。頑張ってくれ。俺はこのまま他のプレイヤーに説明をしていく」
私たちしか居ないのであれば、私たちが対処する他ない。
そう判断して私たちはタルの森に体を突っ込み始めたザッハークに向かおうとした。
「は?」
「へ?」
「……」
そんな時だった。
私は宇宙を見た。