764:5thナイトメア3rdデイ-12
「……」
「たるうぃ?」
森の中に戻ると同時に、私の知覚範囲にそれが浮かび上がった。
どうやら話し合いで私が森の外に出たタイミングで丁度入ってきていたようだ。
「いえ、丁度ではないわね」
「あー……来ているんでチュか。来ているんでチュね。分かったでチュ」
推測だが、あの話し合いの場に『鎌狐』のメンバーが居て、掲示板経由で私が森の外に出た事を伝えたのだろう。
つまり、今ここで会いに行けば、私のこの特殊な知覚……『呪憲・瘴熱満ちる宇宙』の影響を受けて生じた森の中に私が居る時限定で、森の中に居るプレイヤーやNPCの位置や行動を、あらゆるステルスを無視して正確に把握出来る事を知られることになる。
なるが……まあ、元から推測はされていたと思うので、今更か。
「向かいましょうか」
「分かったでチュ」
と言う訳で、私たちは拠点へ向かうのを止めて、森の中をゆっくりと移動している人物……ゼンゼが居る場所へと向かう。
「誰もが貴方の事を探しているわよ。ゼンゼ」
「みたいやなぁ。けど、ウチはアイツらに捕まるんは御免や。ある事無い事喋らされた挙句に、あんな事やそんな事をされるに決まってるしなぁ。およよ……」
ゼンゼは森の中、手ごろな木の根に腰掛けており、私が声を掛けるとあからさまな泣き真似を見せる。
なお、他の『鎌狐』メンバー及び私の事を追うプレイヤーが森の中に居ないのは確認済みであり、ゼンゼの位置からして森の外からちょっかいをかけられる事もまずないのは理解している。
なので、最初から攻撃を仕掛けるのではなく、ステルスを解除して、正面から堂々と近づく事にしている。
「そういう事が出来るゲームじゃないでしょうに」
「タルはんが想像しているようなことは出来へんけど、したくもない協力はさせられる流れやろ。今は」
「あら、私が想像したのは、情報を吐かせたら、後はイベントが終わるまで逆さ吊りが適切。と言う事よ。その手の拘束関係は長時間はやりたくても出来ないから出来ないけど」
「「……」」
「なにを張り合っているんでチュかねぇ……」
ゼンゼまで後5メートルと言うところで私は止まり、ザリチュは私より一歩前に出たところで止まる。
「で、情報について話す気は?」
「一応あるで。タルはん経由で掲示板に流しておいてもらえると助かるわ」
空気が少しだけ張り詰める中で、ゼンゼがあの爆発が起き、火柱が上がり、卵のような物体が生じた時の状況について話す。
で、ゼンゼの話した通りであるならば、ザッハークが無数の異形度上昇料理を食べている最中、突然苦しみだし、暴れ出したかと思ったら爆発したらしい。
その爆発の時点でザッハークの近くに居たゼンゼは死に戻り。
なので、その後については分からないそうだ。
なお、前回のイベント中に私が作った『虹霓竜瞳の不老不死呪』の香辛料・『皇帝中虫』は使用済みであり、きっちり盛ったとの事。
「どう考えても『皇帝中虫』の影響じゃないでチュか」
「まあ、無関係とは言わないわ。でもそれで爆発ねぇ……」
「ザッハークは料理による異形度上昇を防ぐために色々と仕込んでおったのは確かや。で、その防ぐのと、これまでに積み重ねが合わさって、防げる限界点を突破。と、考えれば爆発については案外分からんでもないで。問題はむしろその後やろ」
「まあそれもそうね。爆発ってそういう現象だし。でも確かに火柱と卵のような姿になるのは意味が分からないわねぇ」
しかしこうなると……ザッハークは完全にカース化しているとして、ザッハークとしての意識が残っているかどうかで孵化した時の戦い易さが大きく変わってくるように思える。
ザッハークの意識が残っているなら、ぶっちゃけどうとでもなると思うのだが、カースとしての意識だけになっているなら、一気に手ごわくなると思うのだ。
自分の能力を把握できていないカースなんてまず居ないし。
「ま、火柱は中身の能力の一部。卵の方は孵化するまでの時間稼ぎと思っておくのが妥当なところかしらね」
「でもタルはんは自分からは割らんのやろ?」
「割らないわね。きちんと確定してからの方が安全なタイプよ。ただの勘だけど」
まあ、卵については現状は放置でいい。
中身が出てきたら潰すだけだし、イベント中に出てこないならイベント後に対処すればいい。
「とりあえず掲示板にはゼンゼは大した情報を持ってなさそうだと書き込んでおくわ」
「頼むわー」
なお、此処までの話で、ゼンゼが大きな嘘や隠し事の類はしていないと私は判断している。
嘘を吐く意味がないと私もゼンゼも分かっているからだ。
何か隠しているにしても、皇帝に盛った異形度上昇料理の詳細を知っていましたぐらいだろう。
つまり、そこまでの事ではない。
「さて、これで話は終わりかしら? ゼンゼ」
「少なくともウチが話しておきたいことはこれくらいやなぁ。タルはん」
「あ、やっぱりこうなるんでチュか……」
私はネツミテを錫杖形態に変えて構える。
ゼンゼも何処からともなく大きな鎌を取り出して構える。
ザリチュも私たちの動きを見て、剣と盾を構える。
「ゼンゼ、拘束させてもらうわよ。貴方の思想的に、『幸福な造命呪』にもザッハークにも陰から支援するのは見えているもの」
「やれるものならやってみいや。対人はそんなに得意じゃないのを知っているんやで、タルはん」
「チュアッハァ!」
そしてザリチュがゼンゼに切りかかった。