762:5thナイトメア3rdデイ-10
「ば、爆発でチュか?」
「爆発みたいね。ザッハークを誰かが始末したのかしら?」
皇帝軍の本営で立ち上った火柱はまだ真っ赤に轟々と燃えている。
爆発に伴って巻き上げられた土煙も相まって、爆心地の様子は全く窺えない。
ふむ、とりあえずは爆発だけでなく火柱を維持するような何かがあの場で行われたようだ。
「『幸福な造命呪』の仕業でチュかね?」
「いえ、『幸福な造命呪』も一瞬爆発の方を見て、その時に驚いた表情をしていたように思えるわ。帝国軍の人間や野生のカースの類がやったとも考えづらいから、十中八九プレイヤーの仕業でしょうね」
「よく見ているでチュねぇ……」
「まあ、こっちに被害が及びそうな事柄でもなかったから」
誰がやったのか?
『幸福な造命呪』は爆発時に明らかに驚き、足を数秒だが止めていた。
その際の表情は明らかに驚いていたし、再び動き始めてからは明らかに動きを速めていた。
なので、『幸福な造命呪』及び宝物庫側の勢力の仕業ではなく、これらの勢力の仕業でなければ野生のカースと言うのも考えづらいだろう。
帝国軍の人間の仕業かと言われると……ザッハークが叛意を抱かれるタイプなので無いとは断言できないが、あれほどの爆発を起こせるなら、これまでにもう事を起こしていると思うので、それもまた違うだろう。
と言う訳で、消去法でプレイヤーの誰かがやったと考えるのが妥当だろう。
「ザリチュ、鼠ゴーレムは? 『幸福な造命呪』対策もあって、森の中に一度戻していたのは知っているけど」
「今向かわせているでチュ。爆心地近くに居たのは残念ながら吹っ飛ばされたでチュから、もう暫くかかるでチュね」
「まあ、あの爆発の近くに居たら、鼠ゴーレムの耐久度じゃ無理よね」
ではプレイヤーの誰がやったのかだが……うん、ゼンゼの顔が思い浮かぶ。
『鎌狐』であるゼンゼの下には複数のプレイヤーが居るし、色々と私が知らない技術も持っているから、技術的には問題なく可能。
そして、『鎌狐』なら、思想的にザッハークを爆発させるぐらいは……経緯までは分からないが、あり得るだろう。
「火が収まってきたでチュね」
「そうね」
やがて火柱が収まってくる。
合わせて『幸福な造命呪』は完全に逃げ切り、プレイヤーも宮殿の中に入ってまで追撃する気はないと言う事で、戦闘が一度切り上げられた。
で、プレイヤーたちにしろ皇帝軍にしろ、宮殿を警戒する面々を残して、火柱の方を確認するための行動を始める。
なお、現段階では掲示板に確定情報は無し。
騒ぎにはなっているが、偽の情報すら上がっていない事を考えると、やはりあの爆発と火柱は計画的なものであり、実行者はかなりの統制力を持っていると言える。
やっぱりゼンゼで良さそうだ。
「……。また、奇怪なものが出てきたわね」
「……。本当でチュねぇ」
火が収まり、土煙が晴れ、鼠ゴーレムが現場の状況を窺える位置に辿り着いた。
そこで見えてきたのは、爆発とその後の火柱によってバラバラになると共に黒焦げにもなった本営の部品や人体の一部、何かしらの物資。
あるいは吹き飛ばされた人間が使用していたアイテム類。
それから……遠目に見れば黒い巨大な卵のようにも見える物体。
「ある意味ザッハークらしい気がするでチュ」
「まあ、そうね」
大きさは高さは10メートルほど、長さは長い方で15メートル前後くらい。
基本的な色は黒で、動く様子などは見られない。
問題は卵を構成しているのが、木、石、金属、宝石、肉、骨、砂、ガラス、陶器など、ありとあらゆる固形物を原形を保つ程度にミキサーにかけて固めましたとしか言いようのない物体である点だろうか。
混沌と言うのが近いようには思えるが、半端な混沌と言う感じである。
それと、私としては何の問題もないのだが、卵の周囲の呪詛濃度は明らかに20より少し濃い。
「とりあえずゼンゼと言うか鎌狐を捕獲して事情聴取をした方がいい、と」
「こういう時の掲示板でチュねぇ」
さてどうしようか?
とりあえず掲示板に『鎌狐』の捕獲要請は出しておくが、これを実行するのは私ではなく他のプレイヤーたちが数でやった方がいいだろう。
可能性は低いが、あの卵の一部にされる事でリスポーンが出来なくなり、探しても見つからず、無駄足を踏むことになる可能性もそれなりにあるわけだし。
「無理やり割るのは止めるべきよねぇ」
「止めるべきだと思うでチュよ」
アレが見た目通りに卵であるならば、それとゼンゼがザッハークに対して色々と仕掛けていたことを考えるならば。
何処かでアレが孵化して、中身……恐らくはカース化したザッハークが暴れ出すのだとは思う。
では、仮にそれを阻止するとして、今のうちに卵を割った方がいいのだろうか?
答えはNO。
それは止めた方がいいと思う。
本物の卵のように白身と黄身が出てくればいいが、纏っている呪詛の量などを考えると、割った瞬間に周囲の呪詛濃度が跳ね上がるくらいは普通にありそうだし、場合によっては……固まっていないからこそ悍ましいナニカが出てくるかもしれない。
私はそれでも構わないが、他のプレイヤー的にその展開は避けた方がいいだろう。
「まあ、何にせよ一度協議が必要ね」
「でチュねぇ」
私は展望台のような場所から飛び降りると、卵の方に向かって森の中を移動し始める。
目指すはマントデアやストラスさんたちと言った実力者たちが集まり、これからについて協議を行っている場所だ。
さて、どういう話し合いになるだろうか?
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