758:5thナイトメア3rdデイ-6
「チュアっと」
「さて、中に入ってこれないのにどうやって……」
『幸福な造命呪』が扉を破壊する直前に、私と化身ゴーレムは扉の近くから飛び退いていた。
するとザリチュと眼球ゴーレムとの距離が、『幸福な造命呪』と眼球ゴーレムの距離よりも広くなったからだろう、眼球ゴーレムの制御が奪われて見える範囲が狭まった。
そして、扉の向こうには無数の爪や刃が生えた『幸福な造命呪』の腕が見えている。
「こちらに攻撃するのかしら!?」
私は『幸福な造命呪』の腕に向かって呪詛の槍を飛ばす。
邪眼術のチャージは既に終わっている。
『幸福な造命呪』が私の呪法を知っているならば呪詛の槍は避けるだろう。
だが、邪眼術そのものを避けるには、私の視界から完全に外れる必要がある。
それが出来るかどうかで、『幸福な造命呪』が私対策をどの程度考えてきているかが分かるだろう。
「こうするのですよ。我が祖よ」
「「!?」」
『幸福な造命呪』の腕が戸口から見える範囲から外れる。
また、本来ならばその先にあったはずであろう『幸福な造命呪』の脚も見えなくなっている。
なるほど、邪眼術の性質は理解している、と。
「ではお覚悟を」
そして、私の攻撃が完全に空振りした直後。
破壊された戸口を覆うように、巨大な杭打機のような物体が、大きな音を立てつつ設置された。
当然ながら杭の先端はこちらを向いている。
「発射ぁ!!」
「チュアァ!?」
「っう!?」
杭打機から金属製の杭が放たれる。
轟音とともに放たれた杭は目にも留まらぬ速さであり、ザリチュが間一髪で私の前に立ち、剣と盾で軌道を逸らす。
そして、逸れた杭は部屋の中にあった棚に衝突し、その先の壁に食い込み、大きな音と衝撃波を周囲に放つ。
で、これが一発だけならばよかったのだが……。
「発射! 発射! 発射ぁ!!」
「ちょっ、これを何度もは無理なんでチュけどぉ!?」
「『毒の邪眼・3』……はい、効かない。知ってた」
杭打機には既に次の杭が装填されている。
制御を奪った眼球ゴーレムによって部屋の中の状況をきちんと確かめているらしく、杭の先端はきっちり私の方に狙いを定めている。
一応『毒の邪眼・3』を杭打機に撃ち込んでみたが、ただの機械の上に構造も単純であるためか、効果はないようだった。
何度も轟音と共に金属製の杭が放たれる。
「はははははっ! こんな物ですかな!? 我が祖よ!!」
ザリチュの操る化身ゴーレムは杭の嵐の前に呆気なく破壊された。
きちんとした素材で作った化身ゴーレムならまだしも、急造の化身ゴーレムでは、巨大な杭を機関銃の如く打ち出すなどと言う攻撃に対処しきるのは不可能だったようだ。
では私はどうかと言えば……。
「あまり舐めないでもらえるかしら? タエド」
「ぬっ!?」
化身ゴーレムが破壊されるまでに稼いだ時間で杭打機が構造上狙えない位置に移動した上で、『灼熱の邪眼・3』を杭打機の内部に照射。
強烈な熱によって物理的に破壊、爆破する。
杭打機は戸口の向こうにあったので、これで杭打機の足元に居た眼球ゴーレムは勿論のこと、『幸福な造命呪』自身も爆発に巻き込まれたはずだ。
「……」
状況を確認するならば戸口の向こうへの移動、少なくとも目の一つを戸口の向こうが見える位置にまで移動させる必要がある。
だが私はそのどちらもしなかった。
「ふんっ!」
『また壁を……ああいや、此処は正規っぽいでチュね』
部屋の壁をネツミテで殴って粉砕すると、壁の向こう側に広がる庭園のような場所へと移動する。
何故壁が破れると分かったのか?
『幸福な造命呪』の撃ち込んだ杭が壁に食い込んだからだ。
外縁では傷一つ付けられなかったのに、ここでは杭が壁に食い込むと言う差が見えたのであれば、試すに値するのは当然である。
「むっ、そちらに逃げますか。我が祖よ」
「戦略的撤退よ。逃走とは全く違うわ」
庭園には美しい花々を付ける木々、よく手入れされた奇麗な池、プレイヤーの誰かの作品であろう美しい裸婦像や猛々しい筋肉像などがある。
そこまで見通しが良かったり、自由自在に動き回れるわけではない。
しかし、先ほどまでの小部屋よりは明らかに戦闘がしやすいであろう空間だった。
「かもしれませんが、こちらとしても好都合ですな」
「ごっ!?」
私が出て来た穴の向こうから『幸福な造命呪』の声が聞こえると共に、私の背中に衝撃が走った。
そこには、先ほどまで身動き一つ取っていなかった筋肉像が、腕を振り抜いた体勢でポージングしていた。
え、いや、待って欲しい。
筋肉像が動くのは『幸福な造命呪』の制御下にあるからでいいとして、私は何故筋肉像の動きを認識出来ていない?
「我が祖よ。そこには我の支配下にある人形が数多くございます。像の中には我の支配下に入ると共に戦闘能力やそれに準ずる能力を得たものも数多くございます。ですが、その場において我が最も強いと思う人形については、我は支配下に置くだけで何もしておりません。する必要がなかったのです。それほどまでに彼は強いのですよ」
「まさ……かぶっ!?」
『チュバァッ!?』
『幸福な造命呪』の言葉に私は意識を一瞬、そう、本当に一瞬だけ、そして完全にではなく一部だけ、意識を筋肉像から外した。
だが、その一瞬かつ部分的な意識外しの間に、私の頭には打ち下ろすような衝撃が走り、筋肉像はまた別のポーズを取っていた。
「では、表の方は我が父とその友人たちの相手を我がしなければならぬ状況になりつつあるようですし、我が祖と我が母はその庭園に控えているものたちで相手をしてもらいましょう。戦力的には十分でしょうし、我の巨体でそちらに向かうのは骨が折れますのでな」
「こ、これは……どびょ!?」
『ま、拙いでチュよ……たるうぃ……』
相性が悪すぎる。
もしかしたら『幸福な造命呪』よりも厄介かもしれない。
遠ざかっていく『幸福な造命呪』に少しだけ気を取られたら、またポージングが変わり、ポーズを変える際の腕の動きで以って私は再び殴り飛ばされていた。
ザリチュに言われるまでもなく、この状況……近くに居るものの意識が逸れている間にポーズを変える、ただそれだけの力を持っている筋肉像の射程内に居ると言う状況は拙かった。
おまけにこの庭園にはだ。
「クスクスクス……」
「タエド様のお母上と祖様だそうですよ」
「では、丁寧に対応してあげなければいけませんね」
猛々しい筋肉像以外にも、美しい裸婦像、メイド服を纏った人形、見覚えのあるレイピアを持った全身鎧、私モチーフっぽい小型の妖精、聖女ハルワによく似た石像、ロボロボしい見た目のロボットなどなど、無数に相手が居るようだった。
これらに注意を向け過ぎれば筋肉像に殴られ、注意を向けなければ筋肉像以外に攻撃される。
厄介過ぎる布陣だった。
「サイドチェスト!」
「アンタ喋れたの……ぼぉ!?」
『いや、何者でチュか……この像の製作者……』
そして、猛々しい筋肉像が口を開き、ボディビルディングのポーズの一つを示す言葉を発した瞬間。
私は思わずツッコミを入れてしまい、その隙にサイドチェストポーズになった筋肉像が正面から突っ込んできて、私は吹き飛ばされたのだった。
あ、うん、これは本当にどうしようもないかもしれない……なんかもう存在自体が強いもの、この筋肉像。
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