757:5thナイトメア3rdデイ-5
「……」
『……』
部屋の外に居る『幸福な造命呪』の姿はとても威圧感がある物だった。
それは身長10メートルほどの巨人である事、その体の大きさに相応しいマントを身に着けている事だけが理由ではない。
ああいや、むしろその体の大きさに相応しいマントとビキニパンツしか身に着けていないのが問題か?
一体何がどうなれば巨人型キメラとでも言うべき見た目だったものが、筋骨隆々で禿頭のマントとビキニパンツだけを身に着けた巨人と言うべき見た目になるのかは分からないが、とりあえず今の『幸福な造命呪』はそういう変態的とも言える見た目になっている。
なので、私は気づかれないために声を抑えているが、ザリチュは天を仰ぎ閉口するような感じで無言になっている。
「ふむ。鼠の形をした人形を操るものが侵入し、こちらに被害を出しつつ蔵の奥を目指しているとは聞きました。いったい何者が潜り込んだのかと思っていたのですが……」
『幸福な造命呪』が口を開き、低い男性の声で喋りながらこちらへと近づいてくる。
「我が祖、我が母でございましたか」
そして扉の前で立ち止まり、腕を組み、仁王立ちのような状態でこちらへと話しかけてくる。
どうやら気づかれているようだ。
「……。へぇ、気づいているの」
「気づきますとも。我が力で御した鼠の人形からは懐かしき呪いを感じました。そして、扉の前にある目玉の形をした人形が我の力で御せません。と言う事は、術者である我が母が直ぐ近くに居る事は直ぐに分かります」
「そう」
だが、一応は私とザリチュが製作者であるからだろうか。
『幸福な造命呪』は落ち着いた雰囲気で私へと語りかけて来る。
これならば、情報収集もそれなり以上に出来そうか。
「でも折角だから貴方が何者であるかを語って欲しいわね。私が知る姿とはだいぶ変わっているようだし」
「おおっ、これは申し訳ない。我が祖よ。では、名乗らせていただきましょう」
よし上手くいった。
『幸福な造命呪』は一歩扉から離れると、腕を組むのを止め、右手を自分の胸を持っていってから名乗り始めた。
「我が名は『幸福な造命呪』タエド・トナツスニ・ロ・エルトロット・デグノロルプ。虹霓の祖より呪いと血潮を、竜鱗の母より骨肉を、大雷の父より精髄を、九尾の師より戦技を与えられ、この『宝物庫の悪夢』と呼ばれる限りなき呪いに満ちた地において、如何なる敵からも蔵に納められし宝物を守り抜く事を使命とする。そんな幸福なる命を得た造られしものでございます。ですので、改めてよろしくお願いしますぞ。我が祖、我が母よ」
「そう、よろしくね。タエド」
「よろしくでチュー……」
『ざりちゅが母でチュか。いや、おかしくはないんでチュけどね』
やはり『幸福な造命呪』で良かったらしい。
でだ、ザリチュが二重音声のように喋っているのはスルーするとして、『幸福な造命呪』の発言を精査する。
まず、虹霓の祖が私、竜鱗の母がザリチュ、大雷の父がマントデア、九尾の師がゼンゼでいいだろう。
そして、『幸福な造命呪』はこの地で宝物を守る事を使命にしている、と。
「で、如何なる敵からも宝物を守り抜くと言っているけど……そのための戦力があの人形でいいのかしら?」
「それで構いません。流石に我一人ではこの広大な蔵を見て回り、押し寄せる有象無象共を全て打ち倒す事は叶いませんので、倉に納められていたものたちの力を利用させていただいたのです。いやしかし、あの人形たちの力は素晴らしいですな。個の総合的な力を見るならば我が祖たちが作られた我を上回るものは居ませんが、集団の力や一つの技能で見るならば我以上のものも少なからず居ます。おかげで蔵を荒らす上に物の価値など分からぬと堂々と宣言するような愚か者を蔵から追い出し、我を王とする体制を作る事が出来ました。まあ、あの愚か者共はまだ諦めておらず、毎日のように押し寄せて来るのが現状でございますし、今日など我が父まで敵軍に居るようですが」
『長いでチュ……よく息が切れないでチュね……』
『幸福な造命呪』の息が切れないのは、あの巨体もだが、吸気と排気の口が別にある可能性を疑った方がいいと思う。
それはそれとして、宝物庫側の戦力の頂点はやはり『幸福な造命呪』のようだ。
で、詳細は不明だが、他の人形たちを戦力として利用しても居る、と。
「ふむ。しかし我が祖たちと繋がりがあるものたちは厄介ですな」
『幸福な造命呪』が顎に手をやり、顔の向きを変え、何処かを見つめるような姿を見せる。
それと同時に少し空気が変わったようにも思える。
「あの愚か者と違い、物の価値を理解しているのは良いのですが、それでも蔵から宝物を奪い去ろうとする痴れ者である事に変わりはない。故に我の敵である事に変わりはなく、皆殺しにするべき相手である事も確か。しかし、我が祖もそうですが、あの痴れ者たちは殺しても殺しても甦る。不老不死の力とは誠に厄介なものですな。さて、そんな痴れ者たちを本当の意味で殺し尽くすのであれば、やはり根元を断つしかないのでしょうな」
いや、少しではなく明確に、か。
「『幸福な造命呪』タエド・トナツスニ・ロ・エルトロット・デグノロルプ。貴方は自分の今の発言の意味を理解しているのかしら? それは逆鱗に触れる行為よ」
だから私は戦闘態勢に入った上で、『幸福な造命呪』に話しかける。
「ご安心くださいませ、我が祖よ。誰の逆鱗に触れるかまで理解した上で我は発言しております。理解した上で、我は正々堂々と、誰に謀る事もなく、使命を果たすために、我が祖の敵となる事を選んだのですから。いえ、我が使命を抜きにしても、この地の平穏を既に大きく乱された我が祖を許す事は、我が許しても我が下に集った人形たちとこの地そのものが許さないでしょうな。故にです」
『幸福な造命呪』も腕を振り上げ、腕の内側から無数の爪や刃を出現させる。
「全力で行かせていただきましょう。我が祖よ」
「来るといいわ。タエド」
そして『幸福な造命呪』の腕が振り下ろされ、私と『幸福な造命呪』の間にあった扉は粉々に砕かれた。