746:5thナイトメア3rdデイ-1
本話には人を選ぶ描写がございます。
深くイメージをしない事をお勧めします。
無理はしてはいけません。
「三日目ねぇ……」
「三日目でチュねぇ……」
イベントは早くも三日目に突入した。
そろそろ一度くらいは『幸福な造命呪』の姿や動向を確認しておきたいところであるが……まあ、先にやるべきは昨日から続けている作業だろう。
「壺の方はどう?」
「中身の磨り潰しは終わったでチュよ」
と言う訳で、昨日色々と入れて、腕ゴーレムに作業を任せていた固形化の壺の中身を確認。
ザリチュの言う通り、固形化の壺の中身は奇麗に磨り潰され、均一な大きさの粒子と化している。
が、様子を見た感じ、これではまだ完成とは言えなさそうだった。
「んー……とりあえず私の血を投入」
「結構な量を注ぎ込むでチュねぇ」
「ザリチュ。此処からは潰すんじゃなくて、練る感じでお願いできるかしら」
「分かったでチュ」
とりあえず私の血を大量に固形化の壺の中へと注ぎ込む。
そして、注ぎ込んだ血を繋ぎとするように壺の中の粒子を練り上げるようにしていく。
しかし、これでもまだ足りないように思える。
「この感じだと……追加の死を飢渇の竜香木に与える必要がありそうね」
「帝国軍の人間でも狩るでチュか?」
「そこまではしない。と言うより必要ないわね。セーフティーエリアの外に出れば、内苑の状況的に勝手に吸い上げると思うわ」
「それもそうでチュね」
なので私たちは固形化の壺とその中身を練っている腕ゴーレムをセーフティーエリアの外に運び出し、拠点内に置く。
すると固形化の壺……と言うより、その中に入っている飢渇の竜香木は直ぐに周囲の空間から死を吸い込み、代わりに匂いを吐き出す。
「はいはい、出させないわよ」
「うーん、この濃さになると確かに不快でチュね」
だから私は呪憲の練習も兼ねて、拠点となっている建物全体を呪憲で包み込み、飢渇の竜香木の匂いが外へと漏れないようにした。
代わりに建物内に匂いが溜まって、ぶっちゃけかなり臭いのだが……まあ、我慢するしかないか。
「これでとりあえずは一時間くらい放置……」
後は出来上がるのを待つだけ。
私がそう思っていると、不意に建物の扉が開き、誰かが入ってきた。
「へへへへへ、女の声がすると思ったらよぉ……」
「げへへ、前線から離れられるだけじゃなくて、こんな役得も付いているだなんてなぁ……」
「くくく、女が二人か。よくもまあ、こんな上玉が隠れられていた……」
私は最初プレイヤーが入ってきたのだと思った。
だが、言動からして入ってきたのはNPC、それも帝国軍の人間のようだ。
人数は三人、一人は立派な鎧で全身を包み込み、二人は様々な呪詛薬を服用したらしく奇妙な姿の異形と化している。
恐らくはこのスラムの調査にやってきて、そこで私たちを見つけたので、クズな行為に及ぼうとしている、と言うところか。
うん、此処まで敵対する状況が揃っているなら、攻撃しない理由がない。
私はそう思って邪眼術のチャージを始めようとした。
「んごっ?」
「あがっ?」
「もぎょ?」
「ん?」
「まあ、詰んでるでチュよね」
だが、それよりも早く奇怪な現象が起き始めた。
「「「おびょびょぼごべぎょぼぼぼぼ……」」」
「えっ、気持ち悪い……」
「……」
まず三人が全身を痙攣させ、奇怪な声を発しつつ、各関節を可動域ギリギリの範囲で不規則かつ高速で曲げ伸ばしし始めた。
ぶっちゃけ気持ち悪い。
「「「めめめめめがががががみみみみららららrrrr……」」」
「これはバグ?」
「……」
やがて三人とも白目をむきつつ虹色の涙を流し、口から虹色の泡を吐き出し、耳の穴から真っ赤な蒸気のようなものを吹き出す。
勿論、この間も先述の動きを継続しながらだ。
「「「あっ!」」」
「!?」
「……」
そして不意に三人とも動きを止め、奇怪な音を出すのも止めた。
「輝く! 輝く! 虹色の星々が我らの内にて輝く! それは遥か彼方、太古にして、外なる世界の陽の閃きである!!」
「引き付ける! 引き付ける! 我らの内なる瞳は外なる世界の陽が閃きを引き付ける! 光を脳髄へと刻み込み、先駆者たちの未知なる力を記録する!!」
「熟せ! 熟せ! 閃きを我らが果実とし熟すのだ! それは虹色の果実であり、この世に非ざるものたちに繋がる路である!!」
「ええっ……」
「えーと、これでいいでチュかね」
で、微動だにせず、奇怪なポーズを保ったまま、口が動き出し、活舌良く、意味不明な事を言っていく。
正直怖い。
後、ザリチュは何故固形化の壺と男たちの間に衝立のような物を立て、自らもその陰に入り込んでいるのだろうか。
「ザリ……」
「「「弾けよ! 弾けよ! わびゅ……!!」」」
次の瞬間、三人の男たちが文字通りの意味で弾けた。
全身が熟れた柘榴の実の如く裂け、その中身を撒き散らしたのだ。
そして私は思わず絶句した。
これで撒き散らされたのが血であれば、衝撃的ではあれど既知の領域だったのだが、男たちが撒き散らしたのは色とりどりの光彩を持った大量の眼球。
男たちの体はいつの間にか、その中身が全て……肉も骨も内臓も血も眼球に変化しており、皮の内側は名状しがたい色合いの水晶に覆われ、まるで最初からそういう風に作られたオブジェであるかのようになっていた。
「えっ、いやあの、本当に何これ……原因は分かるけどナニコレ……」
「ざりちゅの台詞でチュよ。それは……」
そして眼球は触れた部分の地面、石、木材などを砂に変えつつ芽と根を伸ばし、まるで一つの曲を演奏するかのように不協和音を奏でつつ成長。
私たちが居る拠点の周囲はあっという間に毒々しい色合いの木々と黒く尖った砂で構築され、毒気と熱気で満たされた奇妙な空間と化してしまった。
この状況に私は原因に思い至ってもなお唖然とする他なく、ザリチュは呆れた声を発し、固形化の壺の中身は新鮮極まりない死に喜び歓喜しているようだった。
とりあえずこれ以上の被害を抑えるためにも、私たちはセーフティーエリアの中に戻った。