744:5thナイトメア2ndデイ-8
「ううっ、酷いでチュ……で、本当にどうするんでチュか。その香木」
「とっとと処理するわ。残しておくと、残しておいただけ危険な代物だから」
私は飢渇の竜香木を軽く振ってみる。
うん、なるほど。
見た目は乾いた香木だが、中に何かしらの液体が入っているような感触もある。
ならばこれからの処理については、予定通りでいいだろう。
「えーと、これね」
「固形化の壺でチュか」
と言う訳で、飢渇の竜香木を手で折って細かくしつつ、固形化の壺の中へ投入していく。
なお、飢渇の竜香木を折る時は濃い匂いが更に濃くなりつつ周囲へと放出されるのだが、そちらについては呪憲を利用して壺の中へと誘導している。
「……。たるうぃ、まさかとは思うんでチュが、この場でアレを作るんでチュか?」
「この場でアレを作る気よ。今日はもうアイテムの捜索や戦闘をする気はないし、アレだってそんなに時間がかかる訳じゃない。飢渇の竜香木のおかげで質的にも問題なさそうだし、良い機会じゃない」
「まあ、それはそうなんでチュがね……」
さて、壺の中の状態は?
乾燥した『ダマーヴァンド』の毒液と細かくなった飢渇の竜香木が接触して、少しずつ混ざり始めている。
だが、これだけでは足りないように思える。
「これも追加していきましょうか」
「なんだか一気に悍ましくなったでチュね……」
私は全刃鎧の処刑人たちの死体……ミイラ化した頭と腕を固形化の壺の中に入れて行く。
壺の中身はだいぶごちゃごちゃしてきており、隙間も多い。
中身の均一化をするためには水気か細かさのどちらかが必要そうか。
「スラム街に水はないようだし、地道に砕くしかないわね」
「腕ゴーレム使うでチュ?」
「そうね。そうしましょうか。後、ytilitref『飢渇の邪眼・2』」
では、中身を細かくしていこう。
セーフティーエリアにまで移動した私は壺の中身に伏呪付きの『飢渇の邪眼・2』を使って乾燥の状態異常を付与し、砕きやすくする。
それから今回のイベント中に獲得した状態異常の付与効果を持つ槍を握った腕ゴーレムを適切な位置に配置して、壺の中身が粒子状になるまでひたすらに突かせる。
「さてザリチュ。宮殿の方はどうかしら?」
「今から潜入するところでチュ」
これで後は待つだけ。
固形化の壺の中身の状態を見る限り、明日の朝には作業が終わっている事だろう。
そして、情報収集の再開である。
「んー、これは……堂々と動き回った方が安全かもでチュね」
「それっぽいわねぇ」
鼠ゴーレムの視界に宮殿内部の様子が入ってくる。
宮殿内部は『宝物庫の悪夢-外縁』と基本的な構造については変わりないようだ。
差異はただ一点。
イベントで入手できるアイテムの目録でも見た事があるフィギュアのコピーたちがまるで生きているかのように動き回り、歩哨の役目を果たしているという点である。
「でもこれ、同じゴーレムだから襲われないのか、それともこのゴーレムたちのトップが『幸福な造命呪』で、ザリチュがそれの作成に関わっていたから襲われないのか、どちらなのかは分からないわね」
「そこは検証班が調べるか、その内明らかになる事でチュよ」
ただ、フィギュアのコピーたち、言い換えれば、一種のゴーレムたちを歩哨として使っている為なのか、他に理由があるのかは分からないが、とにかく鼠ゴーレムを排除しようと言う動きは見られない。
なので、今のザリチュは敢えて堂々と動き回らせ、疑われないようにしているようだ。
「チュア?」
「どうしたの?」
「いやちょっと、ノイズがでチュね」
と、何かがあったらしい。
化身ゴーレムは顎に手をやり悩んでいる様子を見せ、ザリチュ本体もつばを揺らし始める。
「チュアッ!?」
「えっ!?」
そして唐突に鼠ゴーレムからの情報が途絶えた。
「破壊された?」
「いや、破壊された感覚ではないでチュね。たぶんでチュが、まだ鼠ゴーレム自体は生き残っているでチュ」
「じゃあ、情報が途絶えたのは……」
「どうにも操作を乗っ取られたみたいでチュね」
どうやら鼠ゴーレムを乗っ取られたらしい。
うん、普通に拙い。
「ゴーレムだから乗っ取られた? それとも、誰かが操っていると言うタイプのゴーレムだったから乗っ取られた?」
この質問の答えは重要だ。
場合によっては、私はザリチュが敵に回る事を……いや、私が身に着けているカース化した装備たちが全て敵に回る可能性を考慮しなければいけなくなる。
「たぶん後者でチュ。それと、途中からノイズが出て来て、それから乗っ取られたことを考えると、距離の影響があると思うでチュ。その証拠と言ってはなんでチュが、帝国軍に潜ませた個体や、宮殿の外に待機させている個体は無事でチュから」
「なるほどね。でもそうなると化身ゴーレム含め、ゴーレムたちは迂闊に単独行動をさせられないわね。出元が分からない以上、何時乗っ取られるか分からないもの」
「そうでチュね。警戒は必要でチュ。状況からして、相手は動き回れるようでチュしね」
ゴーレムの乗っ取り能力持ちは動き回れ、どちらが支配権を持つかは距離による。
現状で分かるのはそれぐらいだろうか。
とりあえず化身ゴーレムは連れて行かないか、常に一緒に行動させるかのどちらかだと考えておこう。
「聖女様の頼みを果たすとなっても、一筋縄ではいかない可能性が出てきたかもしれないわね」
「本当でチュね。厄介な事でチュよ」
「でも面白くもあるわ」
「ブレないでチュねぇ……」
私は呪憲の練習をしつつ明日に備える事にした。
12/01誤字訂正