738:5thナイトメア2ndデイ-3
「あー、これは困ったわね……」
「でチュねぇ……」
さて、外が騒がしい中、アイテム回収時に出現する敵を鎧袖一触で終わらせた私は、部屋の中で見つけた四つのアイテムの鑑定を行った。
結果、二本ある槍は片方は本当に普通の槍で、もう片方は刺した相手に微量の毒あるいは麻痺を与える槍だったようだ。
フード付きの全身を覆えるマントについては、とても丈夫で、酸やアルカリなどの腐食性攻撃に耐性を持つという、シンプルながら素晴らしいアイテムだった。
で、最後の宝珠、これが問題だった。
鑑定結果はこんな感じ。
△△△△△
振り直しの宝珠
レベル:1
耐久度:100/100
干渉力:100
浸食率:100/100
異形度:1
『CNP』公式第五回イベント『盗賊恐れる宝物庫の悪夢』専用アイテム。
入手処理を行った後、拠点内で使用する事により、イベントポイントの割り振りをやり直す事が出来るようになる。
注意:『CNP』公式第五回イベント『盗賊恐れる宝物庫の悪夢』終了後に消滅します。
注意:使い捨てです。
▽▽▽▽▽
「『エギアズ』に味方をして、この場を切り抜けると言うルートが実質的に潰えたわ」
「渡す気がないならそうなるでチュねぇ」
うん、回収しておきたい。
今後、私がイベントポイントを振り直すかは分からないが、選択肢は広げておきたい。
だから、これを渡す代わりに『エギアズ』に味方をして、一緒にPKたちを退けると言う選択肢は無くなった。
そして、私がこれがあった事を黙って進めるのも難しい。
振り直しの宝珠は『エギアズ』、PKたち、だけでなく、どのプレイヤーも欲しいもののはず。
となれば、部屋の外で起きている戦闘そのものが、どちらの集団も振り直しの宝珠を求めて動き、ナビゲートシステムに導かれるままにこの場にやってきて、鉢合わせ、戦闘になったと言う流れである可能性が高い。
なので、黙って持ち運ぼうとしたら、どっちの集団からも追われて袋叩きになる可能性が高いと思う。
「ステルスシステムを活用して逃げるのは……無理そうね」
「まあ、無理でチュねぇ……」
部屋の外から聞こえる音の内容……爆音、悲鳴、怒号、破砕音、等々からして、戦闘は継続中。
いや、もしかしたら第三勢力、第四勢力の登場によって、さっき以上に荒れている可能性もありそうだ。
そんな状況でステルスシステム、それと『小人の邪眼・2』を頼りに脱出を図っても、広範囲攻撃の類で爆殺されそうな予感しかしない。
と言うか、私なら扉が微かにでも開いたタイミングで、その手の攻撃を叩き込んで逃がさないようにする。
「転移はどうなんでチュか?」
「んー……駄目ね。きっちり対策済みみたい」
転移は出来ない。
呪詛の霧を集めて『理法揺凝の呪海』に繋げる要領で門を開こうとしたところ、名状しがたい色合いの水晶が出現して門は埋められてしまい、集めた呪詛の霧も散逸してしまった。
あの水晶だけならもしかしたら『呪憲・瘴熱満ちる宇宙』の応用で突破できるのかもしれないが、霧の散逸スピードからして今回のイベント中は長距離転移の類は全面禁止とみてよさそうだ。
「残る手段はダンジョンの壁を破壊するぐらいかしらね」
「相当堅そうでチュけどね。この壁」
ダンジョンの壁の破壊。
自分が所有するダンジョンの壁ならば簡単に壊せると言うか、形は変えられる。
採掘場所や、破壊する事で先に進めるようになる場所など、元から破壊されることを前提とした壁の破壊も難しくはない。
だが、他人が所有するダンジョンの壁……それも正規ルートを無視するための破壊となると、難易度は一気に上がったはず。
「そうね……」
まず、単純にとにかく丈夫である。
元の素材次第の面はあったと思うが、今回の『宝物庫の悪夢-外縁』の壁の強度は『エギアズ』とPKの面々が全力戦闘を行っても未だに壁に穴が開いていない事からも恐ろしく高い事が窺える。
次に空間歪曲の影響。
ダンジョン内では空間が捻じ曲がっている事が多く、正規ルートから外れると言う事はその歪んだ場所に突っ込むような物である。
そして、今回の『宝物庫の悪夢-外縁』の空間歪曲は侵入時に転移が行われる事、内部が迷宮のような構造になっている事、中心部に呪限無が存在している事などから見て、相当の物だと思われる。
と言うか、イベントタイトルも併せて考えると、この宝物庫自体がカースあるいはモンスターであり、私たちは超巨大な何かの体内に居る可能性が結構な確率であると思う。
そこで、正規の手段外で壁をぶち破ったら……まあ、各方面に喧嘩を売りそうではあるか。
「ちょうどいい訓練の機会だと思っておくわ」
「チュアッ!?」
うん、ダンジョン周りはどうせ何処かの偽神呪の担当案件。
つまりは何かしらの呪憲が関わっている案件でもある。
だったら、呪憲で呪憲を打ち破る訓練の機会だと割り切って、全力でやってしまおう。
相手が呪憲を使うなら、こっちも呪憲を使うしかないじゃない! そういうテンションで行ってしまえばいい。
「ネツミテ」
「あー、もう、どうなっても知らないでチュよ……」
と言う訳で、私はネツミテを錫杖形態変えて構える。
そして、ネツミテの打撃部に『呪憲・瘴熱満ちる宇宙』を纏わせる。
だが、ただ纏わせるだけでは駄目であり、纏わせた呪憲を全て攻撃的な用途に回しても行けない。
前者では相手にルールの押し付けが出来ず、後者では今朝私の手が壁と一緒に溶けたようにネツミテが溶けてしまう。
だから二重に纏わせる。
防御的な層と攻撃的な層の二重構造にして、自分の熱を、毒を、呪いを受けないように工夫する。
「ふんっ!」
その状態で私はネツミテを全力で振るい、ネツミテの打撃部は宝物庫の壁に叩きつけられ……
「ーーーーー!?」
「へぇっ、こうなるのね。興味深いわ」
「ああ、こうなるんでチュねぇ……」
白い壁はまるでガラスのように叩き割られ、名状しがたい色合いの水晶と煮えたぎった虹色の液体を撒き散らしつつ吹き飛び、周囲に熱と異臭がばら撒かれた。
同時に宝物庫全体を震わせるような、あるいは地の底から響き渡るような叫び声が耳に届く。
そして私たちは宝物庫の壁の向こう側から吹き出した大量の呪詛に絡め取られ、その場から消え去った。